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理由は至極単純。それ故に、焦れば焦るほど解決は遠のいていく。
話題が見つからない。
何を話せばいいんだろう。いつも何を話してるっけ。思い出そうとしても思い出せず、そうこうしていれば言葉も出ず、二人の間にだけは沈黙が降りてきている。
歩き始めてまだ一分程だが、蒼志にとってその一分がどれほど長く感じられていることか。自分の横を兎鞠が歩いている、しかも二人きり、いつもと違うゆかた姿に、日常とは違う祭の空気。全てが頭の中を混乱させる材料になっていて、今にも目を回して倒れそうだった。
顔を赤らめ口を真一文字に結んでいる蒼志を不思議がることなく、兎鞠はじっと彼を、頭にかけられた面を見つめていた。
そしてふと、言葉を漏らした。
「わたしもほしいな」
考え込んでいた蒼志にそれが聞こえるはずもなく、ただ何か言ったことだけは分かり、やっと兎鞠の方を向いた。
「え? ごめんね、聞いてなかった」
「考え事?」
「え、ええと、何から回ろうかなって、さ」
「そっか」
「うん。で、なんて言ったの?」
「お面、いいなって」
言われて蒼志は、面に触れる。
「これ?」
うっすらと口角を上げて、兎鞠は首を振った。
「そのお面も素敵だけど、そうじゃなくて、お面なんて、買ったことないから、ちょっとほしいなって」
面をつけた兎鞠を、蒼志は想像した。可愛らしいなと思ったけど、そこで、あ、と気がついた。
お面をつけたとまりちゃんは見てみたいけど、そしたら、
「でもそしたら、お面でせっかくかわいいかんざし、隠れちゃうよ?」
困ったという風に、真面目にそう言った。
可愛い簪というのは全く以て何の狙いも他意もなく、思ったことを言っただけだったが、その下心のない言葉が、兎鞠には嬉しくて、自然と笑っていた。
何故兎鞠が笑ったのか、蒼志はわかっていない。だけど毎度、その笑顔を、蒼志の惚れた兎鞠の笑顔を見るときは、彼女にとって嬉しいことを、蒼志が自然と言葉にしたときだ。
「大丈夫、反対につけるから」
「そっか、そうだよね」
「当り前です」
照れて頭をかく蒼志の様子を見て、口元に手を当てそっと笑い声を溢した。それは祭の賑わいにかき消されて、誰にも聞かれることはない。
「じゃあ、最初は、お面屋さんに行こっか?」
「うん」
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