第一幕

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 少し前に、蒼志と兎鞠は祭を後にしていた。二〇時を過ぎたら帰ると兎鞠が親と約束をしているため、蒼志は家まで彼女を送っていた。  兎鞠の家は、祭の行われていた場所から、小学生の足でも一〇分はかからない距離にある。  その数分の間、二人はあまり話さなかった。  一言二言話しては黙ってを繰り返す。つい数時間前までは、何を話して良いかとあたふたしていた蒼志だったが、今はもう、話すことが浮かぶくらいには落ちついている。それでも会話は少ない。  兎鞠の家に着くと、残念な気持ちと、無事に遅れたことへの安堵で変な気分になりなった。  家のドアの前に立って、兎鞠が振り向く。 「今日は楽しかった。ありがとう」 「ぼくも、楽しかった。ありがとう、来てくれて」 「お面、ありがとう」 「うん」 「大切にするね」 「うん」  後はばいばいを言うだけで終わりだが、どうしてか、兎鞠は少し黙って、ドアの向こうに行こうとせずに、その場に立ったままだった。もちろん蒼志も帰ろうとなどせずにそこに立っている。ただ、蒼志の方は勇気を振り絞っている最中だった。 「あ、あのさ」  少し大きな声が出てしまい、しかも裏返ってしまい、恥ずかしくなって次の言葉が出なくなってしまう。せっかく振り絞った勇気がしぼむ音が聞こえてきそうだった。  兎鞠が不思議そうに見つめているのに気がつき、だけど「また遊ぼう」の一言が出なくて、情けなくて、蒼志は力なく笑った。 「えっと、……おやすみ」  蒼志がどうして自虐的な笑みを浮かべたのか、兎鞠は分からなくて頭の上に疑問符が浮かぶ。だけど、流石に兎鞠にもその笑みの意味はわからず、なんだかちょっと寂しそうだなと思ったくらいで、手を振りながら、少しでもその寂しさを払拭できるよう、明るい調子で言った。 「おやすみ。また何処か行こうね」  そして、家へと入っていった。  また何処か行こうね。その言葉に蒼志は嬉しくなったけれど、落ち込みもした。それは、自分が言おうとした言葉だ。自分から言うはずの言葉だったのに、言われてしまうなんて恰好悪い。知らず蒼志は溜息を漏らして、とぼとぼと道を引き返した。
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