第一幕

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 複雑な気持ちだが、やや下がり気味。今日は楽しかったし、また会ってくれるのがわかった。嬉しいこともあるけれど、自分の勇気のなさ、恰好悪さに、小さく芽生え始めたばかりの男心に傷がついた。そうやって成長していくものだというのは、まだまだ蒼志にはわからない。  最後に失敗してしまったせいか、帰り道の足は重たく、神社の階段を上り切った時には疲れがどっと出てきて、おぼつかない足取りでどうにか家まで辿り着いた。  まだ祖父母は帰っていない。そんなことにも気がつかずに下駄を脱ぎ捨て部屋に着くと、明かりをつけることなく祖母が用意してくれていた布団に倒れる。 「でも、楽しかったなあ」  そんなことを呟いて、浴衣を脱ぐ余裕もなく、すぐに意識を失った。  頭に面を、つけたまま。 ○  周りは火の海だった。  あちこちで家屋が火に飲まれ、壊れていく音が聞こえる。悲鳴も混ざっている。炎が間近に迫ってきており、すぐ横で燃えているかのように熱くて、今にも火傷してしまいそうだ。  体を抑えられ、無理矢理に引っ張られる感覚。だが手は炎の方に向いている。メラメラと燃え盛る炎の前に立つ一人の男に向かって、空を掴んでもなお伸ばしている。 〝離せ!〟そう叫ぶが、掴んでいるどの手も離そうとはせず、強引に引っ張っていく。暴れようとすると、紐の様なものが体を縛り始める。しきりに周りが〝堪えてください〟と反芻する。それに抗おうとしても、引っ張っている数人の覚悟がそれを許さなかった。 〝若〟  優しく、しわがれた声が、伸ばした腕の先、炎の前に立つ男から聞こえる。 〝御達者で〟  そしてその男は、燃え盛る家屋の群れへと向かっていく。その男の後に、数人付き従っていく。  炎の中、大きな影を見た。家屋より頭一つは出ているその影に、ありったけの憎しみを込めて睨みつける。  絶叫。だが誰も止まらず、どんどん見えなくなっていく。  そして、暗闇へと連れ込まれていった。 ○  気がついたら、蒼志はうつ伏せのまま、手を伸ばしていた。息が苦しくなり、目を開けると、そこは良く知る祖父母の家の二階の部屋。今のは、夢だったようだ。  夢にうなされて目を覚ました蒼志は、しばらく放心したようにその体制のまま、じっと手の先を見ていた。何かを掴もうとしたその手を。
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