第一幕

18/36
前へ
/142ページ
次へ
 昔から、蒼志はよく夢を見る。内容も、起きたら忘れているということはない。悲しい夢もたくさん見たことがある。だから、いつもとかわらない。いつものこと。そのはずなのに、今回の夢は、いつまでも悲しくて、思い出すと涙が出そうになる。実際、起きた時は泣いていた。夢の中でも泣いていた。  どうしてこんなに悲しいのか、短い睡眠だったから、よくわからない夢になってしまったのか。なら、ちゃんと寝たら、わかるのかもしれない。  よし、お風呂から上がったら、すぐに寝よう。  夢のことで頭がいっぱいになり、今日最後の失敗についてはすっかり忘れていた。  風呂を出てそのまま台所に行き、今度は良く冷えた麦茶をコップに注ぐ。一気に飲もうとしたが、冷たすぎて出来なかった。ゆっくりゆっくり飲み、火照った体が内側から冷やされるのを感じる。飲み終わって部屋の扇風機をつけて、まだ濡れている髪の毛を乾かす。扇風機に近づいて「ああああいいいあああ」と声を出して遊ぶことも忘れない。  ある程度汗が引いてから、作務衣に着替える。夏用にと祖母が作ってくれた、去年より少し袖と裾が短くなっているものだ。涼しく動きやすい。蒼志の夏のお気に入り。  着替え終わってからまた扇風機の前で涼を取ろうとした時に、蒼志は違和感を覚えた。  何かが動いた気がしたのだ。  虫でもいるのだろうかと見まわしてみたけれど何もいない。蚊や蠅の様な類ではなかったような気がする。じっと、また動かないか待っていると、手拭の上で何かが動くのを見た。  面が動いた。  面の下に、何かいる?   蒼志は特に虫嫌いというわけではないけれど、種類にも寄る。流石に、害虫の類は得意ではない。大多数の人間が嫌いなあの虫は、少数派に入ることなく嫌いだ。  それでも、このままでは、枕元に虫がいるまま寝ることになってしまう。それは気持ち悪くて寝れそうにない。  せっかく風呂に入ったというのに嫌な汗をかき、どうしようかおろおろと悩んで、やるしかないと意を決する。ティッシュ箱を右手に持ち、面に触れる。何かが動いている気配は手からでは感じない。つまり今は動いていないということで、チャンスは今だ。  一度深呼吸をして、目をぐっと開いて何も見逃さないように気を張る。  そして思い切り面を上げた。  何もいなかった。すぐに面の裏を見るが、何も存在しない。 「な、なあんだ。気のせいか」
/142ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加