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思わず独り言を呟いてしまう。
息を抜きながら、膝立ちをやめて、慣れない正座をする。ちょっときついけど、少し落ち着いてから足を崩そうと、脱力した。
力が抜けて、手からお面が落ちてしてしまう。弾んで壁の方まで転がりぶつかる。
「痛っ」
その声は、蒼志のものではない。
今この部屋には、蒼志以外誰もいない。だが間違いなく、声が聞こえた。空耳にしてははっきりと、霊的現象にしては間の抜けた声だった。
蒼志は固まる。一点を、目を皿のようにして見つめて。
声は、面から聞こえた。
これが寝起きだったら寝ぼけているんだと思えたかもしれないが、シャワーを浴びてしまっているし、虫がいるかもしれないと嫌な汗をかいたばかりだ。意識は、いつも以上に敏感になっていてもおかしくないくらいだった。
だが、さっきのこともある。勘違い、気のせいの可能性だってある。いやそもそも、そうに決まってる。お面が喋るなんてことはないんだから。
笑い飛ばしてしまおうと思ったけれど、上手くできずに、唾を飲み込む。恐る恐る四つん這いで近づいて、お面を覗きこんだ。
何も変わったところはない。
ほら、勘違いだ。何を怯えているんだ。
安心して、面をつんとつついてみた。
反応したように、面の口が、うねうねと動いた。
まるで生き物のように。
「ふぁあぁ?ああ」
欠伸も欠伸、大欠伸だった。
空気にそぐわない間抜けさではあるけれど、異様さは充分だ。狐の顔を模したお面が、口を動かし、声を出したのだから。
蒼志は目の前のことを飲み込めずにいる。じわりと汗が額に浮かんできて、安心して緩んだままの顔で固まるという難しい芸当を見せいている。
そんな蒼志を全く気にすることなく、さも当然のように面は喋り出した。
「なんだ、おい、俺は、寝ていたのか? 何処だここ。ふぁあ」
瞬きまでし始め、糸のように細く描かれていたはずの目が開いて、真っ黒な目をぎょろりと動かし、蒼志と目が合った。
お互いに言葉を出さずに、蒼志は瞬きも忘れている。忘れている、というよりも、完全に硬直してしまっている。
先に口を開いたのは、狐面の方だった。
「あん? なんだお前、人間の童じゃねえか。なんだよ、そんなに珍しいか? まあ、最近じゃあ妖怪なんてのは誰も信じてないのか」
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