第一幕

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「そう。狐玖羅で良いぞ。そうだ、童、名は」 「僕は油ノ本蒼志」 「ユノモト?」 「な、何か変?」 「いや、どっかで聞いたような……。ああん? まあいい。今は関係ない。で、なんだ蒼志」 「お面……コクラは、何か覚えていないの?」 「覚えてれば苦労しねえな」 「あ、ごめん」 「お前が謝ることじゃねえだろ、ったく」  狐面、狐玖羅が苛ついたように吐き捨てると、蒼志は黙ってしまう。外の音は聞こえない。風もない熱帯夜。扇風機の音が虚しく部屋に反響して、間延びした空気が温く居座る。  その空気に当てられたように。二人は揃って欠伸をした。 「仕方がない、今日は寝る。起きたばかりで本調子ではないようだ。お前も見たところ疲れているんだろう? ガキは疲れたならさっさと寝ちまいな」  睡眠の邪魔をしていたのは狐玖羅なのだが、蒼志はそんなこと考えずに眠い目を擦りながら頷いた。  のそのそと立ち上がって狐玖羅を手拭いの上に置くと、自分は布団の上にごろりと寝転がる。  眠りにつく前、意識が無くなる前に、蒼志はさっき見た夢を思い出した。  あの嫌な夢を、また見るのだろうか。あの変な現実感の正体は、夢の中に行けばわかるんだろうか。  そう考えて、すぐに意識が朦朧とし、眠りについてしまった。  静かな寝息は、つけっぱなしにした扇風機にかき消される。それはまるで、悪い夢を吹き飛ばしてくれたように、あの夢の続きを見ることはなかった。  寝ながらも微笑が浮いてきたのが、何よりもの証拠だ。 ○  目が覚めて、昨日のことは夢だったんじゃないかと思うくらい昨日の夜のことがぼんやりとしていてる。起きたばかりだというのに頭がはっきりしているのも手伝っている。  ただもちろん、それは昨日彼が眠くて仕方なかっただけだ。 「おい、おい童、見てみろ、ほら」  狐玖羅はしっかりと喋っている。  どころか、昨日は身動きなんてほとんどできなかったのに、自立し、ぴょんぴょんと跳ねて動いて見せている。  キツネっていうよりウサギみたいだなと思ったが、蒼志は言うのをやめておいた。  お面が喋っていて、尚且つ動きまわっている。怖いと思ってもおかしくはないのだが、そのお面の言動がどうにも緊張感がないものだから、蒼志は昨日寝る前まではまだ感じていたはずの恐怖心を夢の中に置いてきてしまった。
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