第一幕

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「ちょっと練習したらよ、不格好ではあるが、自分で移動できるようになったぜ。大分慣れてきたぞ、ほっ。はっ。よっと」  無邪気にぴょんぴょんと跳ねて近づいてきて、止まって得意気に笑う狐玖羅に、ついつられて笑ってしまう。 「まあでも、基本的には蒼志、お前に頼る。運んでくれ」 「うん、わかった。おはよう」 「おはようって程の時間でもないぞ。もうすぐ昼だ」  言われて時計を見ると、正午三〇分前。随分長く眠っていた。余程疲れていたのだ。昨日一日は、蒼志にとっては色々なことがあった日であるから、しかたない。むしろ暑い中よく起きずに眠れていたものだ。  蒼志は腕をぐっと伸ばして背中を伸ばす。「よし」と一言掛け声かけて立ち上がると、狐玖羅をそのままに部屋を出てしまう。「おい、何処に行くんだ、俺も連れてけ、おい」  ほとんど聞かずに蒼志は部屋を出て祖父、繋護を探した。探しだして狐玖羅のことを聞かなければいけない。狐玖羅のことを知っていたのか、どうして蔵にしまっていたのか、狐玖羅は一体全体何なのか。狐玖羅本人だって知らないのだから、もしかしたら知らないんじゃないかとは微塵も思わず、きっとじいちゃんは知ってる、そう信じていた。  居間にいると思っていたのに姿はなく、寝室と書斎に行ってみても影も形もない。  ばあちゃんに聞こう。そう思ったが、家の中に人気はなく、物音一つしない。蒼志の足音だけが響いていた。  何処かに出かけたのかな。そう思いながら台所に行くとその通りだった。冷蔵庫に伝言が書かれた紙がマグネットで貼られていて、それを取る。 『そうちゃんへ。買い物に行ってきます。じいちゃんも別の用事でいないから、冷蔵庫の中におにぎりいれておきます。食べてください』  紙にはそう書かれていた。  冷蔵庫を開けると、皿の上の三つのおにぎりにラップがかけられていた。  取り出して、一緒にお茶も出して、お茶を飲みながら、どうしようかと考える。いない人には何も訊けない。電話をすればいいかもしれないけれど、出来ればちゃんと会って話を聞きたかった。実際に狐玖羅に会ってもらいたい。やっぱり、帰ってきたらにしよう。  結論が出たところで、催促の腹の音がなりだした。
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