第一章 キキさん、アルバイトを志す

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◇ 第一章 ◇ キキさん、アルバイトを志す 01.  大気には魂が満ちている。  全ての生物は、死とともに肉体から魂魄が離れ、大気に満ちる魂に同化する。  そんな大いなる魂の一滴が、鳥の羽毛、狼の死骸、捨てられた衣服、ボルゾイ犬の尻尾に吸血鬼の牙などと結びつき、身体を持った一つの生命として輪廻した。  そうして彼女は、名前のない存在としてこの世に生まれ出た。  知性は低く、言葉も解さず、世に仇なすモノとしてとあるの森の中を彷徨っていた彼女は、木陰に隠れ住み、夜な夜な大暴れをして騒音を撒き散らした。  近くで寝ている者に悪夢を見せ、時には捉えた者の血を啜った。  森の辺りに住む人間たちはこれを畏れ、ある日、村に滞在していたある冒険者にその退治を依頼した。  その冒険者は各地に残る未踏の地を探索し貴重な物品を得、文明の中に生きる者たちにとって害をなす存在を排除し、報酬を得る。そうやって暮らしていた者だった。  冒険者は、仕事として彼女を狩りに来た。    しかし彼女と対峙した冒険者は、その時には人に害をなすモノでしかなかった彼女を排除しなかった。  逆に名前を与え、仲間へと誘い入れた。  キキ。  と、冒険者は彼女のことを呼んだ。    遠い記憶である。  しかしその時のことを思い出すと、今でもキキさんは胸の奥が暖かくなる。  もう、あの頃の記憶はほとんど無い。  マスターに名前を付けてもらった時。その時にわたしは本当に生まれたのだ。  彼女はそう思っている。  キキさんは三人目の仲間だった。  仲間は、最終的には五人に増えた。皆、キキさんと同じような名前の無いモノたちだった。  マスターはその全員に、名前と仕事と、そして生き甲斐を与えた。  尊敬するマスターと、敬愛する仲間たちとの冒険は、キキさんにとって本当に幸福な時間だった。  色々なところへ行った。色々な事をした。辛いこともあったが楽しいことも多かった。そんな時間を彼女たちは過ごし、成長していった。  そのマスターが異世界に旅立ってから、もう随分と永い時が経った。
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