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暗闇の黒さに、少女の悲鳴も塗り潰されてしまった。
公園の時計は十二時を過ぎていて、彼女の他に人の気配は無い。時折、公園の中央にある池の鯉が水をはねる音がするだけで、その僅かな音さえも公園内には大きく響くと言うのに、少女の耳には届いていなかった。
少女の体は小刻みに震えていた。
彼女の周りには、引きちぎられた制服と、逃げる時に脱げてしまった靴、中身が零れた鞄がある。真っ白な制服のあちこちに赤い血が飛んで滲んでいる。すぐ傍らにまるまった下着が落ちていた。
のろのろと下着を手に取り、身に着ける。
湿った下着は不快ではあったが、何も履かないよりは、落ち着ける。
自分の肌の上を這い回る、無骨な手の感触が蘇って少女は頭を横に強く振る。かき消したくても、記憶よりも肌に濃厚に、彼の指を覚えてしまっている。
白い太ももを撫でる濡れた手のひら、荒い息遣いに口臭、覆い被さってくる闇。黒い影。
思い出したくないと少女は頭の中で言葉を繰り返す。
念じれば、想いは通じる。
通じるに決まっている、と。
はひはひと声を出して、息を整え、口元を押さえると、肩口に痛みが走った。少女の白い手が肩に伸びる。無意識だった。細い指が肩をなぞっていけば、ぬめりと温かく濡れた感触があった。
むき出しになった牙が己の肉を食い破る瞬間が鮮やかに脳裏に描かれると、少女はたまらず悲鳴を上げた。
咆哮は月とリンクする。
再び、ざわざわと体中の毛がざわめき出し、柔らかな肉体が鋼の如く硬くなっていく。歯が痛い。
顎の骨を砕かん勢いで、奥歯が鋭く尖って伸び、口の端から飛び出した。ずるりと音を立てて、尻から白銀の毛で覆われた大きな尾が生えた。
ブラウンの瞳は銀色の膜に覆われて、視界が白く染まっていく。
体の奥底から湧き上がる、飢えと餓え。
温かい血肉を求めて、野生の本能が疼く。
反して、彼女の中で僅かに残る理性が、ここを去れと警告を出した。
強く胸に響いた命令に忠実に、少女は四本の足で強く地面を蹴ると、飛び上がるようにその場を去ったのだった。
あの時、けぶる視界の中に、恐怖で引きつった男の瞳を見た。
それが彼を見た最後だった。
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