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彼女の瞳に映る僕が、とてつもなく驚いた顔をしていて滑稽だ。そんな僕をよそに彼女の話は止まらない。
「そうしたらその子やっと立ち上がったと思ったら自動販売機で呑気にジュースでも買おうとしてるんだもん、人にこれだけ心配掛けて走り回した罰として勢いで後ろから先にボタン押してやったわ」
「……」
「その子凄いびっくりした顔してて笑い堪えるの大変だし、でも緊張で背中とか冷や汗だらだらだし、何話していいかわかんないし、平静を装うの本当に苦労した」
「……」
「……それでなんで学校来ないか聞いたら自分は価値がない人間なんだって。なんか小難しいこと言ってたけど結局怖くて逃げてるだけじゃん。……でもその怖さは記憶喪失になってみても私には全然わからなかった。多分私が思っているより底知らずに怖いんだろうなって」
「……」
「その子にわかってて私にはわからない。でもね、反対に私にわかっててその子にわからないこともあるよ」
「……」
「君は価値のある人間だよ」
その言葉が心の奥底に突き刺さる。
「君が助けるに値する価値のある私が助けたいと心から願う君は、価値のある人間だよ」
「……でもそれは、以前の僕だ」
まだ僕は言い訳を探している。真っ暗闇の中を動かなくていい理由探している。
「ジュース奢ってくれたじゃん!今の君も喉が渇いてる私を助けたよ?」
あぁ、どうやってでも君は僕が手探りでも、暗闇の中でも進む理由をくれるのか。
「……ジュースは君が勝手に押したんだろ?」
「意外と根に持つタイプなんだね……」
少し引かれてしまったようだ。でもその姿が、なんだか可笑しくて、可笑しい。
「……君もそんな顔で笑うんだ」
そんなことを言う彼女はいつでも眩しく笑っていた。
よいしょ、と彼女は立ち上がる。スカートに付いた芝を簡単に手で払う、寝転がったから背中にも付いているのに。教えないのはジュース代の恨みだ。
「……早く学校来なさいよ、バカ」
「……明日から行くよ」
彼女は一度だけ振り返り微笑んだ。
「ジュースありがとっ!」
そして駆け出して、夏の始まりが見せた幻は僕の中を荒らし回り、光の中へと消え去った。
手に残された缶を口へ運ぶ。
……なるほど、僕も一つだけ彼女に嘘をついた。
これは確かに苦いけど、後味がほんのりと甘いんだ。
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