第1章

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事故にあった。ありがちな話だ。外傷は特になかったが人に関する記憶が綺麗さっぱり消えてしまっていた。 病院で目を覚ますと知らないおじさんおばさんが僕を手を強く握っていたことを今でも覚えている。申し訳ないことに僕は確かに彼らが誰だかわからなかったし、わからない。そのことを伝えると酷く悲しそうな顔をしていた。 直ぐに白衣を纏った医者が僕の病室を訪れ、様々な質問を僕に投げ掛ける。そして結果として、記憶喪失だと告げられた。 記憶喪失である自覚はなかった、そもそも記憶がないのだから自覚のしようがなかった。 後に僕の両親だと名乗った二人は涙を流していたのを見て、あぁ確かに僕の両親だったのだろうと思った。しかしそれは今の僕ではない。僕の以前の僕だ。 外傷は特に見られないから一日だけ大事を取って退院した。馴染みのある生活に戻れば何かきっかけに思い出すかもしれないという医者の判断だ。 入院期間は短かったし、僕のクラスメイトらしい男子生徒が数人お見舞いに来てくれたから特に退屈することもなかった。 クラスメイトの写真や、面白かった出来事、僕がどんな人間だったかを話してくれたがどれもピンと来ない。愛想笑いで誤魔化していたけどどうやらばればれらしく彼らにも悲しそうな顔をさせてしまった。 早く元気になれよ、そう声を掛けて彼らは病室を後にした。しかしその言葉が妙に僕の耳に残る。 僕は元気なのに。
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