第1章

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いい人たちなんだろう。でも彼らが話す僕のことも他人事のようにしか思えなかった。 退院後、車窓から覗く道々や住んでいた家のことはしっかりと覚えていた。ただやっぱりこの家での思い出は何一つ思い出せなかった。 小さかった頃のアルバムを見せてもらったりもしたが、そこに確かに僕がいるのが不思議でたまらなかった。僕がこの人たちの子どもだったことより、ドッペルゲンガーがいると言われた方が信じられたかもしれない。 ゆっくりでいいから、ちょっとずつ良くなっていこう、今度はそう言われた。 そうしてようやく、僕の普通は普通じゃないことを自覚するようになった。そして僕の存在価値は砂粒のように手から溢れ落ちていった。 哲学的な話ではない。単純に僕が誰だかわからない。他人の言う僕は、僕とは一致しない。それだけの話だった。 学校には行きたい時に行けばいいと言われた。でも学校には行く気にはなれなかった。だからこうして日中は宛もなく町を歩いてみては、近くの自然公園に行き着く。 梅雨もすっかり明け、じりじりと肌を焦がす日差しが容赦なく降り注ぐ。僕は隠れるように木陰に逃げ込み、逃げ込んでは座り込む。 そうしていて、当然することもない。まだ控えめな蝉の鳴き声と遠く聞こえるゲートボールに勤しむご老人方の声だけ僕の世界を彩る。 そこでは永遠より長い時が流れ、我ながら虚しい世界だと思う。ポケットに手を突っ込むと指先に硬いものが触れた。取り出してみると五百円玉が一枚、お昼代として渡されているものだ。 お昼というよりはもうすぐおやつの時間になってしまう。この暑さのせいか、お腹は空いていない。しかし遣わないとかえって心配させてしまうから何かは買わないといけない。近くに自動販売機があるからそれに遣ってしまおう。 僕の存在の危うさ故か、それとも消え入りたい心情の表れか、陽炎のよう揺らめき歩く。たった数十歩の距離だ、あっという間に自動販売機を前にする。 握られて熱を帯びた硬貨を投入する。全てのボタンが緑色に光るが、このお日様の支配下ではその光もうっすらとした儚げにしか輝けない。 虚しい。この世界はどこまでも虚しくて、その虚しさが時折、美しい幻を見せる。 「私はこれにするわ」
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