第1章

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僕がその声に反応するより早く、自動販売機が機械音を鳴らす。すると取り出し口に何かが落ち、お釣りが次々と出てくる。ボタンを押し掛けていた僕の指が行き場を失ってしまった。 こういう場合はどうすることが正解なんだろうか。記憶喪失だから記憶にないけど、流石にこんな経験はない気がする。 「ねぇ取ってもらっていい?」 「あっ、はい」 反射的にしゃがみ込み、手を突っ込んで缶ジュースを掴む。ひんやりとした冷たさが指先に広がり、少しずつ刺すような痛みに変わっていく。 「……どうぞ」 振り返って手渡しする。そうしてようやく声の主を認識した。 「ありがとっ」 透き通る声。シャボン玉が弾けるように語尾が跳ねる。未だ手に残る余韻がなんだかもどかしい。 「その制服……」 お見舞いに来てくれたクラスメイトが見せてくれた写真に写っていたものと同じだ。それに……。 「どうかした?」 まるで暑さの欠片も感じていないようだ。僕たちの間に流れる湿気を帯びた風に長い髪がなびく。 「いや何でもない、です」 僕はこの人を知っている気がする。 不思議そうに首を傾げている。でも僕はどこで彼女を……。 「君は買わないの?」 「あぁそうだっ……でした」 「タメ語でいいよ。多分同い年だし」 「そっか」 そう言ってお釣りを取り出し適当に自動販売機に投入する。彼女と顔を合わせないでいられる口実ができて少し安心する。 でも色々なことが頭の中をぐるぐる渦巻いて何を考えればいいのかわからない。飲み物一本を選ぶのもままならず、最終的には普段なら飲まないようなものを買ってしまった。 「へぇ~、渋いの選ぶね」 「そうかな」 「そうだよ」 「うん」 会話が続かない。寧ろ何故彼女と会話をしているのかもわからない。もしかして彼女も僕の知り合いだったのか。なら教えてあげないと。 「あの、言いづらいんだけど僕君のこと知らないんだ。覚えてないって言った方がいいのかな……」 「そんなこと悩んでたの?」 「そんなことって……」 簡単に言ってくれるね、そう続けようと思ってたのに彼女をみたら言葉に詰まってしまった。心底、どうでもよさそうだった。 「安心して。私も記憶喪失だから君のこと知らないよ」
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