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「どう?美味しいでしょ?」
さも自分が淹れたかのように自慢気だ。彼女が開発した商品なら今ここでけちつけるのに。
「……苦いよ」
「青春の味だねっ」
恥ずかしげを微塵も感じさせない笑顔が弾ける。僕がそんな恥ずかしい台詞を口にしたら顔から火が吹き出てしまっているだろう。
「普通は甘酸っぱいとかじゃないの?」
「違うよ。青春は苦いの」
「どうして?」
はっきりと言い切るものだからついつい訊ねてしまった。
「逆に聞くけど、どうして甘酸っぱいと思うの?」
そう聞かれると、どうしたものか。
「うーん、一般論がそうだからかな」
「自分に当てはまらない一般論は宇宙人の詩集と同じよ」
「つまり?」
「君には関係ないってこと!」
びしっと指を差される。指先に焦点が集まり寄り目になっているかもしれない。目をぱちくりさせてから、一度自分の足元に視線を落とす。
「あー、つまり君は僕には甘酸っぱい青春とかけ離れていると?」
「正解!」
心底嬉しそうな声に一瞬ムッとした。
「過去にそういうこと、あったかもしれないだろ?」
「あったの?」
言葉に詰まる。記憶喪失の僕にそんな記憶だけ都合よく残っているわけでもないし、この一週間で何かあるはずもなく。今の僕の青春と言えば、控えめな蝉の鳴き声とゲートボールに勤しむご老人方だけ。……味がついているだけましな方かもしれない。
「記憶がないんだから仕方ないだろ。それより君はどうなのさ?」
「私?」
意表を突かれて目が大きくなる。彼女は笑ってばかりだったから、この表情はなんだか新鮮だ。
「私かぁ……」
勿体ぶるように彼女の視線が空へと昇っていく。その先に何があるのか、当然僕にはわからなかった。
「私もちょっと苦いかな」
そう言いながら表情は明るい。意外だ、彼女こそ甘酸っぱいが似合いそうなのに。でもそうか、彼女も記憶がないのだから。
「君はいつから記憶がないの?」
デリケートなことなのに気付けば口が勝手に言葉を紡いでいた。慌てて口を手で押さえてみるものの、彼女には何ら影響を及ぼさなかった。
「うーん、割りと最近だよ」
不思議だ。同じ立場にいる僕にすらその笑顔の訳がわからない。
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