第1章

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「ちょっと前下校中に事故にあったの、居眠り運転だって。信号青なのに凄い勢いで突っ込んでくるんだもん、びっくりして体動かないの。そういうことって本当にあるんだね」 普通はトラウマになってもいいくらいなのにさっきからどうしてそんなに楽しそうなの? 「それで気がついたら病院。お母さんが近くにいて、お父さんも慌てて仕事切り上げてきたみたい。その時改めて私って愛されてるんだなぁってちゃんとわかったの」 話が脱線しているのか、そうでないのか分かりにくい。結局何が言いたいんだろう。 「そこでお母さんに聞いたんだけど、クラスメイトの子が助けてくれたらしくてそれでほとんど怪我しないでいられたんだって。退院は直ぐにできた筈なんだけどお父さんがそれはそれは凄い心配性で、徹底に検査してもらえーって。結局退院したのは昨日、笑っちゃうよね」 「いいご両親だと思うよ」 本当にそう思う。 「私もそう思うよ。で、今日久しぶりに学校行って助けてくれたクラスメイトにお礼しようと思ったの。でもその子学校に来てなくて……。先生に問いただしてみたら私を助けたせいで事故に巻き込まれて記憶喪失になっちゃってたみたいなの」 同じ学校で他にも記憶喪失の子がいたのか。学校側も立て続けで大変だろうに。 「その話聞いたらいてもたってもいられなくなって学校飛び出して来ちゃった!」 そんな眩しい笑顔で非行を宣言する人を見たことがない。いや、記憶がそもそもないだけれど。 「それで街中ずっーと走り回ってようやく見つけた!と思ったらなんだかその子、平日の昼間っから木の影に隠れてずっーと!ぼっーと!してるの。だからかえって話し掛けづらくて……」 「そんな子もいるんだね」 合いの手を入れたら睨まれてしまった。そんなに話を邪魔されたくないのかな。先を促すために肩を竦める。 一度咳払いをしてから彼女は続ける。 「その子が何を考えてのか、何を話せばいいのか全然わからなくって。そしたら思い付いたの、同じ立場になればいいんだ!って」 「……つまり?」 恐る恐る訊ねてが今度は睨まれなかった。 彼女はゆっくりと人指しを口許に当ててこう答えた。 「私も記憶喪失になってみようって」
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