墜燕-壱

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『交差点の悪魔』という話をご存知だろうか。 かつて某国の伝説的なミュージシャンが出逢い、その生命と引き換えに常人離れした技術と発想を与えたとされる悪魔の話である。そのミュージシャンは早逝したが、その成功は一国だけでなく、海を渡った他国にまで影響を与えたという。 一見、伝説的とまで謳われた有名人にならばいくらでも付いてきそうな尾ひれにも思える。だが、最近になってその悪魔が日本にも現れたという噂がインターネットを介して広まり、一部で話題になっていた。 もちろん会いたいとあれこれ試す者もおり、成功談なるものが掲載されることもあったが、どれも真偽は怪しいものばかりである。元々が眉唾物であったこともあり、やがて人々の関心は急速に寂れていった。 少女が待っているのは、まさにこの『交差点の悪魔』であった。今やネットですら少数のみが信奉する、忘れられた噂。見つけた当初は少女も馬鹿馬鹿しいと取り合わなかったものである。 だがその場所が偶然にも少女の住む町であること、そして何より、命を捧げてでも叶えたい願いが出来たこと。これらが少女の心を動かした。非現実的な噂でも、悪魔でも何でも。願いが叶うならば、手段は問わない。その思いが、この交差点へと彼女を向かわせていた。 悪魔と出逢う方法も至って単純。周りに誰もいない状況で、四時四十四分になった瞬間交差点の中央に立つ。すると悪魔が現れ、願いを一つ叶えてくれるというものであった。 単純ではあったが、この条件は決して簡単ではない。いくら都心と離れた田舎町、しかも夜明け前とあっても、周りに誰もいないとは限らない。車が通れば勿論アウトであるし、噂の最盛期は真偽を確かめに来た者同士が鉢合わせして失敗、ということもあったようだ。 もっとも、噂が寂れた今となっては後者の心配はあまりない。現に今、少女の周りには誰もいない。それでも万一現れるかも知れないと警戒したから、何時間も前から交差点の傍ここに立ち、先客であることをアピールしていたのだ。 凍えた躰は努力の、そして真剣さの証明である。少女はここまでの忍耐を自身で褒めながら、僅かとなった残り時間を秒読み《カウント・ダウン》で消化した。
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