記憶のかけら

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驚いた彼女の表情。 それはまさに、歓喜。 その対をなす、悲哀に満ちていた。 「……斉藤さん? いきなりどうしました? 何か思い出したんですか?」 「すいません、昨日の夜泣いてましたよね?」 「……起きてたんですね。でも違います。付き合ってないですよ」 「じゃぁ、なんで……」 その問いに、彼女は答えてくれた。 記憶喪失になった僕の前にいる彼女。 彼女の正体は・・・ 「……ごめんなさい。恨まれてもいいです。 わたしのせいであなたは記憶喪失になったから……」 「……それはどういう……」 「……わたしが、トイレを探させたから。 彼は車を守るためにコンビニを探していて、押しボタン式の信号を見逃した。そして、横断歩道を歩いていたあなたを轢いた」 「……」 僕は、何も言えなかった。 「……わたしの彼が、あなたを轢いた犯人です。 その日のうちに轢き逃げで捕まりましたけど」 「あなたを守るために僕は犠牲になったと……」 「……いえ。彼、いや、アイツは自分の車のためにあなたを……」 ああ…… 彼女がトイレに行きたいのをギリギリまで我慢した結果、それを知った彼が、車を汚したくない一心でコンビニを探し、信号を見逃したせいで僕は轢かれたのか。 ……そんな事で僕の記憶が失われた。 彼女は僕の素性を知らない。 だから、斉藤という仮名が付いた……。 少し考えれば分かる事だったのに…… 交際してる彼女だったならば僕の名前を知らない訳がない。 ……僕は、無駄な恥をかいた。 そして、知りたくない真実を聞いてしまった……。
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