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「君の脚の筋肉は使えないだろうから、立ち上がらなくていいように、少しだけだよ」  彼女が承諾するや否や――ガコン、と硬いもの同士がぶつかる音がした。それと、魚たちが何やらざわついている。そこかしこで会話が行われているようだ。  やがて視界の揺れが収まると、少女は再び何度か瞬いて両目の焦点を合わせた。水平から大体二十五度ほど上がった感じだ。これを後ろから支えているのは、巨大なウツボだ。 「え……」  絶句した。  それほどまでに、この世ならざる絶景が目の前に広がっていたのだ。  深い闇が浸透する海底。しかしそこは、命がある限り真の意味での虚無ではありえなかった。  光る魚の大群が、少女の居る水晶を中心にして輪を描いている。ゆったりと輪は二、三度回転し、そして四散した。  赤、青、白、緑、などと蛍光は大小さまざまな形で浮遊している。明るい個体の間には、自力で発光しない種の魚も混じっている。ヒレがフリルのように波打っている泥の色の極太な魚は、蛇にもサメにも見えてなんだかおかしかった。  アンコウもクラゲもサメも巨大亀もイカも名前もわからないような魚も、少女の周りを急がずに泳いでいた。中には凶悪そうな面貌をした魚も居るけれど、不思議と少しも怖くない。  魚たちは今度は少女の目前で一つの大きな塊を成した。 「わあ」  刹那、群れはざあっと二手に分かれて泳ぐ方向を変えた。少女の位置から左右に直線を描く。まるで静止している自分が動いているように錯覚する。  彼らが築く道の先には、蛍光に浮かび上がる海底の様相がある。  人間の裸眼だけでは決して見ることのできない世界――
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