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「それはいかん。最初を甘やかすとどうなると思う? それから調子に乗ってこちらが譲ってやったことなど綺麗さっぱり忘れてしまうのだ。ここは心を鬼にしなくてはならんだろ」
「だめだ、話になんない」
何をどう言っても自分が上でなければ納得できないのだ。この人が職につけるのって自分自身が会社を設立するしか方法はないんじゃないだろうか。とはいえ稲妻家には雀の涙ほどの貯金しか残っていないので結局何もできないのだが。
トーストを食べ終え、洗面台の端のほうで歯を磨き終えたときにはすでに八時のワイドショーが始まっている時間だった。
「萌黄、早く学校に行かなきゃ。遅刻なんか許せないんだけど?」
玄関から、紫苑の急かす声が聞こえる。そこまで言うのなら先に行けばいいのに、なぜだか彼はいつも待っているだけだ。だから萌黄は余計に焦らされてしまい、それが原因で忘れ物が多くなっているのだ。しかしゆっくりしているわけにもいかない。急ぎ足で学校指定の鞄を肩に下げ、玄関に辿り着く。時計によると八時五分だ。
「じゃあ行ってきます!」
*
萌黄と紫苑は同じ白樹園中学の三年と二年である。萌黄の在籍する三年クラスは二年クラスの真上、四階に位置する。息を切らして階段を上りラストスパートをかける。だが八時半ちょうどのチャイムを、萌黄は二年クラスがある三階で聞いてしまった。
「じゃ、後はがんばれ」
チャイムが鳴る最中、紫苑はすれすれで教室に飛び込んでいった。彼は何とか遅刻にならないだろう。しかし問題は萌黄だ。体力を酷使した今の状態でさらにもう一階分階段を上ることは絶望的だった。しかもチャイムが鳴り終わるまでに教室に辿り着くなど無謀にも程がある。とはいえここまで来た以上上らないわけにはいかない。身体にむちを入れ、もう火事場の馬鹿力で上るしかないのだ。
「あー、もう、最悪だわあ……」
ぼやきつつ教室に足を踏み入れた萌黄だったが、まだ天は見捨てていなかった。
担任の先生は、まだ教室にいなかった。つまり出席をまだ取っていないらしい。
「よかったね、萌ちゃん。まだ先生来てないよ」
窓際最後部の席に着くなり、前の席の眼鏡少女リッちゃんが振り返ってきた。
「そうなんだ。でもリッちゃん、なんでまだティーチャー来てないの?」
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