第一章 勇者襲来

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 警戒するあまり睨みつけてしまった萌黄と皆から注目を集める千臣。刹那二人の目が合った。萌黄は不意に目を逸らし、リッちゃんとの噂話に耳を傾ける。しかし千臣は今まで見せなかった微笑を浮かべ、教壇を後にした。    *  今日の授業でまともに集中できた授業といえば、男女別の授業である体育のみだった。他の授業――例えば一時間目の数学では、わからないところがあるとか適当な理由をつけて千臣に近寄るもの多数。しかもその女子同士がポジションの取り合いを始め、仕舞いには所々で喧嘩をする始末。教師は教師で気にもせず勝手に授業を継続するものだから、萌黄はただノートに板書を写すしかできなかった。ただ、唯一幸運だったのは千臣が廊下側の席で、萌黄の席とはかなり遠かったことだ。そのおかげで席の移動まではせずに済んだ。  ホームルームが終わるなり脱兎のごとく教室から脱出した萌黄たちだったが、放課後三年一組の教室がどうなっているかは、想像するだけで寒気が走る。 「あ、あたしここで紫苑待たなきゃ行けないから」 「じゃあまた明日、萌ちゃん」  白樹園中学校門の前でリッちゃんと別れ、萌黄は門番のようにその場で腕を組んだ。  珍しいことだったのだ。大抵なら紫苑のほうが先にこの場に立っていて、何分何秒待ったとか恩着せがましく言うのに。超特急であのハーレム教室を抜け出したからだろうか。厚い曇り空を仰ぎながら、この珍しい状況の理由を考え直す。  そう言えば父さんの就職はうまくいったのだろうか。 ――無理だろうなあ。奇跡的にうまくいったとしても、職場に入った日のうちに解雇だろうなあ。 「ごめん、萌黄、遅れた!」  首を下ろすと、息を切らした紫苑が頭を下げていた。 「そんな焦らなくてもいいじゃない、落ち着きなさいよ」 「い、いや、落ち着けないってこの状況! 逃げるので精一杯なんだから……じゃあ萌黄、先に帰ってるから!」  ものも言わせず紫苑は全速力で帰路を辿っていった。  止めることさえもできずに、萌黄はただ一人校門の前に立ち尽くしていた。わざわざ待ってやったのにという怒りと「逃げている」という不可解な言葉が頭の中を渦巻いている。今すぐ紫苑を追いかけたいが、何から逃げているのか知るためにこの場で待ち伏せもしたい。結局勝ったのは待ち伏せで、校内を覗き込んだ。
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