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さっさと助手席に乗り込んだ僕の前方を、まるで脱走直後に捕まって連れ戻される飼い犬のような哀れ感を全身で醸し出しながら彼女が運転席側に移動する。
エンジンはさすがにマスターしていて、もうトランクルームを開けることはなかったけれど、時間切れでも狙っているのかと思うほど、駐車場に進入する速度が遅い。
こりゃ展望台より難儀するかなと思っていると、ハンドルにしがみつきながら彼女が年寄りのようなしかめっ面で言った。
「……暗くてよく見えません」
「ライト点ける?ライトは…」
「あ、ハイッ」
出来ることは自分でやろうと思ったらしく、彼女は僕の言葉を最後まで聞かずにハンドル右のレバーを勢いよく下げた。
途端にフロントガラスが“ギュゴゴゴ”と異様な音を立て、彼女が飛び上がった。
右レバーはワイパーなのだ。
「……ライトはこっちね」
「はい……すみません……」
我慢せず爆笑してやればいいのだけど、性根の曲がった僕は顔面筋を総動員した真顔でダッシュボードを指差した。
彼女が湯気を立てながら小さくなる。
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