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「そ、そんなことしません……」
とうとう大きな目から涙が溢れ出たと思うと、彼女の顔がくしゃくしゃになった。
「ごめんなさい……」
彼女が僕の前でこんな風にまともに泣くのは初めてで、狼狽える。
きっと桐谷のこともあって余計に自分を責めているはずなのに、僕が無神経にあんなことを言ったからだ。
「ごめん、冗談だよ。そんなに泣かないで」
泣いている女性に背を向けたことはあっても慰めた経験がない僕はどうしていいか分からず、手を伸ばして彼女の頬を拭った。
「一度にたくさん練習させすぎたね。ごめん」
泣き止まない彼女の目からは滝のようにあとからあとから涙が溢れてくる。
気が抜けたのか、単なる罪悪感かもしれない。
だけど、どんな意味であれ彼女が初めて僕のために流してくれた涙に、僕はもう辛抱強い婚約者でいることができなくなった。
顔を近づけ、頬を転がる涙の粒にキスすると、彼女は驚いて泣き止み、涙だらけの目を見開いて僕を見上げた。
柔らかな身体に腕を回し引き寄せ、睫毛に残る雫を唇で掬う。
ごめんね。
僕は君に触れたくてたまらない。
婚約者としてではなく、ただの男として、君の気持ちを待てないぐらいに。
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