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『あの……エンジンのかけ方が……』
わざと真顔でいると、蚊の鳴くような声と共にこちらを向いた彼女の顔は、眉毛が見事なハの字に下がっていた。
それを見て我慢できずに笑い出した僕を見て、彼女は顔を真っ赤にして憤慨した。
『ここ押したら鍵が飛び出すのかと思ったんですっ。だってどこにも鍵も鍵穴もないし!』
『ごめんごめん、僕の説明不足だよね』
桐谷の車に乗っていたはずだからリモコンキーの使い方は見て知っているだろうと思っていたのに、そこらへんは興味無しでスルーだったらしい。
笑いが収まらないまま白々しく謝ってキーの使い方から説明を始めたけれど、修羅場はそこからだった。
ハンドルを切りすぎて茂みに突っ込み、バックで戻ると蛇行して溝にはまりかける。
なかなかアクセルを踏み込めず徐行ばかりする彼女に思いきって行けと促すと、急発進と急ブレーキでつんのめった。
結局練習はほどほどに切り上げたけれど、鈍臭い動きと半ベソ顔にたっぷりと活力を補充させてもらった僕は今、帰途についている最中だ。
今なら専務の一人や二人、余裕で相手にできる気がする。
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