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「悪い、待たせた」
僕はそう声をかけて美咲(みさき)の元へと歩いて行った。C11の手前、ストリートダンサーがダンスをチェックしているプラネタリウムの建物(僕にとってこの建物はプラネタリウムだが、むしろその大半はプラネタリウムではなくイベントに貸し出されている部屋になっている。一度も行ったことはないが)の脇を通って図書館に入る。
「ちょっとまってて。すぐ返してきちゃうから」
美咲は図書館の入口で僕にそう言い残すと利用者の列に並んだ。カウンターは4つ。待ち行列は1つ。どこかの列に並んで隣の方が速いと臍を噛むことのない公平な、効率的な運用だ。
美咲と一緒に図書館に来ることは珍しく無い。美咲とは帰りの方向が一緒だし、プラネタリウムにも一緒によく来る。でも、不思議な事に美咲が本を借りるところを見たことは一度もない。
前に聞いたことがあるが、
「ちょっとコツが有るのよ」
美咲はそう言って詳しくは教えてくれなかった。
程なく美咲は用事(つまりは返却だ)を済ませて入り口の僕の元へと戻ってきた。
「お待たせ」
「いや、待ってないよ」
「それでもお待たせなの。歩はプロトコルが合わないわねぇ」
プロトコル。外交儀礼。コンピュータ同士のやり取りにも使われる単語だ。
僕らは半地下になっている(そのためかエレベータではB1と書かれる。窓の外は山の上なので混乱することこの上ない)図書館から外に出た。
「今日はご飯は?」
「母さんがいるはず。家で食べるよ」
「そっか」美咲は軽く肩を落とした。「じゃ、晩ごはんの買い出しに付き合って」
「いいけど」
僕はふと空を見た。長くて細い雲がまだ浅い夕焼けを横切っている。2月は思ったよりも陽が長い。
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