第1章

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   どろぼう――。    暴力のような文字が皆川(みなかわ)奈々の目にとびこんできた。奈々はいそいで机のなかに見つけた水色の便箋をにぎりつぶした。 「皆川さん、どうかしたの? もう予鈴、鳴ったわよ」  後ろの席の生徒がふしぎそうに聞いてきた。学園の規則はきびしい。予鈴が鳴っても着席していないのが教師に見つかれば叱られる。高等部になってから編入してきた奈々は学園の規則になじめず、なにかと教師や風紀委員たちから小言をくらっているのだ。 「皆川さんにはまだよくわからないけれど、霞ヶ丘学園は団結と協調性を重視するのよ。生徒のひとりが規律をやぶると、クラス全体の質が下がるのよね。ひとりの責任は、全員の責任ということ。減点、厳罰の対象になるようなことはなるべくしないでね」  つい先日も学級委員の滝川(たきがわ)美琴(みこと)にきつい目でなじられた。家が日舞の家元だという美琴は、幼等部からこの私立霞ヶ丘女子学園にかよっており、学園については、それこそ新米教師よりくわしいという。正直、この鼻もちならない学園で、一番いけ好かない生徒だ。 (わかっているわよ、わたしが浮いてるんだってことは)   土地の名家の子女や裕福なサラリーマン家庭の娘ばかりが集まるこの霞ヶ丘学園に、奈々はどうしてもなじめなかった。やたら甘えた子どもっぽい言葉づかいをする生徒たちにも、育った環境の違いを感じてひどく違和感といらだちをおぼえる。そんな奈々の反発を周囲も感じるのか、編入してきてからこの一年、ひとりも親しい友だちはできなかった。 (べつにいいけどね)  霞ヶ丘学園には来たくて来たわけではない。 奈々は私立校にあこがれたことなどなかった。  母のごり押しで、むりやり入れられたというのが正しいだろう。父親のいない母子家庭の娘が、お金のかかる私立に編入するなんて無理な話だと思うのに、どういうわけか母が霞ヶ丘学園に執着し、奈々にも内緒で編入手続きをしてしまったのだ。  ちょうど母の転職のために引越ししなければならなかったので、奈々は住んでいた場所も、それまでの友だちともすべて離れることになり、かなり母ともめた。だが、結局押しきられるかたちで霞ヶ丘にかようことになったのだ。
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