第1章

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(ね、母さんのためだと思って霞ヶ丘にかよってよ。母さん、ああいう私立のお嬢さま校にずっとあこがれていたの。娘が霞ヶ丘にかよっているなんて自慢だわ。だいじょうぶ、お金ならなんとかなるから)  母は拝むように言い募ってきた。奈々ともよく似た切れ長の目はいつになく輝いていて、奈々は嫌とは言えなくなってしまった。  学費はどうにかなったとしても、育ちのちがい、家庭環境のちがいはどうしても他の生徒とのあいだに壁をつくる。  夏休みには生徒のほとんどが家族で海外旅行か、もしくは避暑地の別荘にゆき、新学期にその話でもりあがっているのを知らんぷりして、教室の片隅でひっそり本を読んでやり過ごすのは、やっぱり十六の女の子には切ない。  べつに友だちなんかできなくてもかまわない。そう開きなおってはいたが、さすがにこの手紙には衝撃を受けた。  どろぼう――。何度読みなおしても、そう読める。子どもっぽい、つたない文字だ。女の子の文字にまちがいない。  泥棒――、やっぱり、奈々はそう思われているのだ。  もう我慢できなかった。今までおさえこんでいたものが爆発した。便箋をにぎりしめた手が濃紺のスカートの上でふるえる。  目がかすむ。奈々は自分が涙ぐんでいることに気づいた。肩あたりまで伸ばしている髪を整えるふりをして顔をうつむけ、必死に涙をかくした。  鼻をすするようにして顔を上にむけた瞬間、ななめまえの席の美琴と目が合った。美琴が眼鏡の奥の冷ややかな目で自分を見ている。  奈々は確信した。まちがいない。美琴がこの手紙を机のなかに入れたのだ。そして奈々がショックを受け、傷つくのを見て楽しんでいるのだ。なんて卑怯な子だろう。  熱い怒りがお腹の底からこみあげてくる。 (嫌い! 大嫌い! 滝川美琴、おぼえておきなさいよ、ぜったいゆるさないから)    一週間まえ、ちょうど奈々がこの街に引越ししてきてはじめて氷雨がふった日だった。昼休みに生徒のひとりがさわぎはじめた。 「どうしょう、ない!」 「どうしたの?」   「お財布がないのよぉ」  泣きそうな声にその場にいた生徒たちの注目があつまった。奈々も読んでいた小説本から目をはなして彼女を見た。 「えー、なんで?」 「鞄のなかにあるんじゃないの?」 「どうしよう? どこにいっちゃったのかしら?」  用事で職員室によばれていた美琴ももどってきて、さわいでいた生徒のそばによった。
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