第1章

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 さすがに美琴もひるんで、やや気弱げに長い眉をひそめたが、奈々の方はそれではおさまらなかった。 「そんなの、わたしの知ったことじゃないわよ! 財布なくしたのだって、本人がきちんと管理してないのが悪いんじゃない! 自分で勝手になくしておいて、なんでわたしが責められなきゃならないわけ?」 「だれも責めてないじゃない。ただ、訊いただけでしょ。なにか問題が起こったとき、一致団結して協力しあうのが霞ヶ丘の伝統なんだから」  奈々は怒りのあまりさらに声をあらげた。 「なにが伝統よ! 一致団結して、協力しあって、人を泥棒呼ばわりしてもいいっていうわけ?」  その場にいた全員が硬直して奈々と美琴を見ているのがわかるが、奈々はこみあげてくる美琴への憎しみをおさえられなかった。 「だから、だれも泥棒よばわりなんかしてないでしょ! 自分がそう思いこんでいるだけじゃない!」   怒りが怒りをあおるように、今度は美琴も怖じ気ずに言いかえしてきた。 「さっき言ったじゃない? わたしが盗んだ、みたいなことを言ったじゃない?」 「言ってないわよ、訊いただけでしょう! なによ、ヒステリー起こして。育ちが悪い人はこれだから困るのよ」  奈々は椅子を蹴って立っていた。 「なんですって! もう一回言ってみなさいよ!」  美琴は真っ青になったが、ひるまなかった。  一触即発。まさにその瞬間、のんびりした声が教室に割ってはいってきた。 「あのー、小林さんいらっしゃいますか?」  引き戸になっている教室の扉がひらき、入ってきたのは奈々も見おぼえのある小柄な下級生だった。だれかが声をかけた。 「あら、サリーちゃん、どうしたの?」  ハーフを思わせるような栗色の巻き毛の髪に、愛らしいまるい瞳に長いおなじく栗色の睫毛。サリーちゃんの愛称で知られる中等部の小窪(こくぼ)沙理衣(さりい)だ。中等部で誰が一番可愛いかという話になると、かならず彼女の名前があがる。おっとりとした雰囲気のわりには成績もよく、かなり目立つ子だ。 「どうしたの? サリーちゃん、なにかご用? 委員会のお知らせなの?」
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