第1章

7/13

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 昼食後の昼休み、ほかの生徒たちは数日前の事件などすっかり忘れて、何事もなかったように冬休みの予定でもりあがっている。暖かい国や国内の避寒地への旅行、逆に雪山へのスキー旅行。もしくは友だち同士や彼と楽しむクリスマスパーティーなどだ。   奈々だけは、憂鬱な気分で時が過ぎるのを待っていた。水色の便箋に書かれた暴言や、滝川美琴のことだけが原因ではない。その日の朝の母の言葉も奈々の気持ちをふさぎこませていた。 (奈々、クリスマスイブにホテルのレストランでご飯食べない? お金? いいのよ、そんな心配しなくても。もうお金のことはいっさい心配しなくてもいいんだから。今までは奈々にもずいぶん辛い想いさせたけれど、これからはいっぱい楽しもうね)  いつになく華やかな母の笑顔に、奈々は母がまだ四十代、まだまだ若いのだということにあらためて気づいた。  奈々がもの心ついたころから母はいつも忙しそうに働いていた。お洒落もお化粧もろくにせず、小さな会社の事務員をしながら、ときには短期間のアルバイトをかけもちして、苦労して奈々を育ててくれた。  辛いこともあったかもしれないが、めったに愚痴もこぼさず泣きごとも言わず、いつもほがらかな笑みを奈々に向けてくれていた。小学生のころから鍵っ子で、家に母がいないことが奈々にとっては普通のことだったが、そんな自分を悲しいと思ったことは一度もなかった。母の笑顔が家を明るく照らしてくれたからだ。  その母が、最近すこしずつ変わってきたのに奈々も気づいていた。前はそう身なりに凝る方ではなかったのに、かなり高価なコートやアクセサリーを身につけるようになり、美容院にもこまめに行っているらしく髪型もいつもきちんとしている。見ちがえるようにきれいになってきた。うすうすは気づいていたが、男の人と会っているらしい。  そして……認めるのは辛いが、母はその人からかなりのお金をもらっているようだ。そうでなければいくら母ががんばって働いたとしても、母の収入だけで私立の入学金や学費を払えるとは思えないし、高価な洋服や宝石など身につけられるわけがない。お金の心配がなくなったことも、母がいっそう余裕にあふれて美しくなった理由のひとつなのだろう。 (なんか……イヤだ。不潔)
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加