第1章

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 いまどき、男女の恋愛関係に、??不潔?≠ネどという言葉をつかうこと自体、あまりにも古くさいとは思うけれど、奈々は反発を感じてしまう。  長い間、女一人で必死に奈々を育ててくれたのだ。母だってひとりの女として幸せを追求したいのだろうし、それは解るけれど、なんとなく納得できないのは、母が相手の男性からお金をもらっていることだ。  そう豊かではない生活のなかでも、お母さんがわたしのためにがんばって働いてくれたという事実が、奈々にとっては誇りだった。  それが今、くずれていこうとしている。  まったく環境のちがうお嬢さま校にほうりこまれて、まるで白鳥の群れにまぎれたカラスみたいなきまり悪さとみじめさを味わいながら、それでも奈々の背骨をしっかりとまっすぐもたげさせてくれたのは、ちゃんと自力で働いて、自立して生きてきた女性の娘だという事実だった。  旅行に行けなくても、別荘なんてなくても、だれにも迷惑かけず、ちゃんと働いたお金できちんと税金をはらい、悪いことをしたり法律をやぶったりせず、まっすぐ生きている。     それが奈々たち母娘の誇りだと信じていた。  世の中には悪いことをしてお金をもうけても平気な顔をしている人間がたくさんいる。そんな人たちにくらべたら、ちゃんとまっとうに生きている自分たちのほうがずっと立派だ。そう信じてきた。それが実は知らない男性からお金をもらって、そのお金で霞ヶ丘に通っているということが、不愉快だった。  なんとなく、その事実が奈々の背骨をうちくだいたような気がしたのだ。そのことを、今朝、母の口からあらためて知らされた。 (あのね、奈々、母さんね、今、おつきあいしている人がいるの。昔の知り合いなんだけれど、去年、偶然再会してね……。その人とね、今度、会ってほしいの。……その人も奈々にぜひ一度会ってみたいって言ってくれているの。今度、いっしょにご飯食べよう。ね)  母は口紅で色どった唇をほころばせた。  (その人ね、奥さんと子どもがいるんだけれど、でも、今は奥さんとは別居していてね、いつかは奈々とわたしとで家庭をつくりたいって言ってくれているの)  ショックだった。  奥さんと子どもがいる――。それでは、不倫ではないか。家庭のある男性とつきあって、そのことを平然と高校生の娘に告げる母が、ちがう人間に、まるでちがう女になってしまった気がする。奈々はため息をはいた。 
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