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ぼんやりと本の文章を目で追いながらも、まったく内容が頭に入ってこない。あきらめて本を机のなかにしまいこもうとした瞬間、ふたつ折りにされている水色の便箋に気づいた。朝はぼんやりしていて見落としていたのだ。不吉な予感がかすめたが、それでもふるえる指でとりだし、そっとひらいてみた。
どろぼう、霞ヶ丘から出ていけ――。
ふるえのとまらない指に、精一杯力をこめてにぎりつぶしてやった。
涙のにじんだ瞳をしばたたかせたとき、一番嫌いな人間と目があってしまった。
滝川美琴が奇妙な目で奈々を見ていた。
眼鏡の奥の、いつもは知的に冷たく光る目が、今は不思議な感情にうるんでいた。それが憎しみではなく、哀れみだと気づいたとき、奈々は立ちあがっていた。
「滝川さん、ちょっと来てくれない」
低い声で、けれどもあふれる憎しみをこめてささやいた。美琴はすこし眉をひそめたものの、無言で立ちあがった。近くの生徒がいぶかしむようにふたりを見ているが、気にならなかった。
「なによ、もうすぐ予鈴が鳴るんだから。ちゃんとそれまでに席についとかないと」
冷静な美琴の声にいっそう腹がたつ。
こんなときでも規則をまもることが大事なのだ。そのくせ、こういう真似を平気でするのだ。メモを持つ奈々の手に力がはいった。
西館の、あまり人気のない美術室で奈々はおもいっきり怒りをぶちまけた。
「卑怯者!」
「どういうことよ?」
ムッとして、さも心外だというふうに美琴が頬をふくらませた。室内は冷えきっていてカーディガンを着ていてもかなり寒いはずだが、ふたりともすこしも寒さを感じなかった。
「わたしは泥棒なんかしてない!」
「そのこと? あやまったじゃない。あれは、確かにわたしが悪かったと思ってるわ。……それに、そのひどいこと言ってしまって」
「じゃ、なによ、これ! なんでこんなことしたのよ!」
しわくちゃになった水色の便箋を美琴のまえにつきだしてやった。美琴が目をまるくして便箋をうけとった。短い文章に目をはしらせた瞬間、彼女の白い頬が氷雨に打たれたかのように青ざめた。
「これ……って」
「ごまかさないでよ! あなたが書いたんでしょ」
「ちがうわ……。筆跡だってちがうでしょ」
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