〔一〕廃墟のホテル

1/3
前へ
/67ページ
次へ

〔一〕廃墟のホテル

「あそこ扉の陰からジッとわたしたち見ています」  (なる)(たき)()()は、廊下の奥にある開きかけた扉に懐中電灯の明かりを向けた。 「えッ、どんな人ッ?」  番組の司会をしている、お笑い芸人のリョータがうわずった声を出す。 「顔が、顔の半分が潰れた女の人です……」 「ええッ!」  リアクションがわざとらしすぎる、と亜矢は思った。 「恋人と親友に裏切られたんです、二人はここで秘かに会っていました。  彼女はそれに気付いて、この廊下で待ち伏せしたんです。ところが、逆上した恋人に殴られて……」  ライトに浮かぶ誰もいない空間を見つめながら、亜矢は台本通りの内容を話した。  リョータは大げさすぎるリアクションを続ける。  (うつ)(とう)しいと感じる一方で、これぐらい積極的にやらなければダメなんだと亜矢は自分を戒めた。  リョータは地方局でレギュラー番組を何本か持ち、全国ネットにも顔を出すほど売れてきている。  一方亜矢は、インターネット放送を中心として活動し、今回初めて深夜枠のローカル番組に出演できた。  そう言えばあの時もこの人と一緒だったな……  一年前、亜矢にとって大きな転機になったインターネット番組に出演した時の司会もリョータだった。  同じ事務所の(しの)(はら)(たま)()(きゆう)(きよ)降板し、代役として白羽の矢が立ったのが亜矢だ。  珠恵が霊感アイドルとして出演していたので、亜矢にも霊能者のフリをして欲しいとの要望があった。これが霊感アイドル鳴滝亜矢の誕生のきっかけとなった。  もちろん亜矢には霊感など全く無い。  一九年の人生の中で、その手の恐怖体験やスピリチュアル現象を目撃したことも皆無だ。  無いが人並み以上にコワイものは苦手で、今でも好んでお化け屋敷に入ったり、ホラー映画を観たりはしない。
/67ページ

最初のコメントを投稿しよう!

105人が本棚に入れています
本棚に追加