〔十〕ブレーブスタジオ

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 それもただのアイドルではない。  霊感アイドルも踏み台に過ぎない。  トップアイドル……  常にスポットライトを浴び、全国ネットのテレビに出演し、ドラマ、映画、コンサート、夢は尽きない。  アイドルと呼ばれる時期が過ぎれば、今度は女優、ミュージシャンとして海外でも活躍し続ける。  それが鳴滝亜矢だ。  そのためなら、どんなことでも耐えられる。  気持ちの悪いオヤジに抱かれる事など何でもない。  望まれればもっと恥ずかしいことでも、気持ち悪いことでもする。  他の男でも、女にだって抱かれる。  誰かを傷つける事だってためらわない。  だから安倍に珠恵の後釜になりたくないかと言われたとき、何の迷いも無かった。  あの横断歩道に立ったときは、さすがに脚が震えた。  それでも亜矢は横山のクルマが来たとき、珠恵の背中を思い切り突き飛ばした。  次の瞬間、珠恵がこちらを振り向くのがスローモーションのように見えた。  何が起こったが理解できずにいる表情は、今でも夢に出てうなされる。  不思議なのは、ハネられて血だらけになった姿ではなく、直前の珠恵の表情が亜矢を苦しめてることだ。  意識不明と言っていたが、人殺しになっていたかも知れない。  それでも構わない、どんなに手を汚しても構わない。  ただし、それが公になることは許されない。  アイドル鳴滝亜矢は一点の汚れも無い存在だ。 「仮に、俺が呪いをかけたとしても、この国の法じゃ裁けないぜ」  裁かれるのは、珠恵を突き飛ばした亜矢だけさ……  他人事のような安倍の言葉が、亜矢の心の闇に響いた。  気付くと亜矢は訳のわからない金切り声を上げ、安倍の声のする方に突進していた。  しかし、揉み合ううちに安倍に髪を鷲づかみにされ、テーブルに叩き付けられた。  その瞬間、部屋に明かりが灯った。
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