半天(なかぞら)にひとり有明の月を見て

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 ならばそれをまとう彼は天仙か。  麗しいかんばせと澄んだ声音で人の心を惑わせる幽鬼か。 「必ず、手に入れてみせるから」  その言葉を残して、彼は月影の中に溶けて消えた。  ジジッと微かに断末魔の声を上げて灯明がかき消える。 「……落ちてなんか、やらないわ」  青い闇の中、微かに残された伽羅の香りの中に言葉を落とす。  万物を言の葉に乗せて動かす、人にあらざる力を込めながら。 「たとえ心がすでに落ちてしまっていたとしても、言葉までは、落ちてやらないわ」  わたくしの言の葉は、誰にも届かずに消えた。  冴え冴えと差し込む有明の月だけが常と変わらず、伽羅の溶けた空気を吸い込み、人ならざるモノとの逢瀬を照らしていた。 《 了 》
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