記憶銀行

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白い歯をちらつかせながら、銀行マンさんはいろいろな事を説明してくれました。今から十年前、量子力学が完全に紐解かれました。量子計算機や量子情報通信が、実用的なものとなったのです。 量子計算機の登場から、様々な学問が引っ張られるようにして大きく発展したそうです。特に、脳科学は目覚ましい進歩を遂げたとのことです。 そして今から六年前、『記憶銀行』の創始者が、記憶をデータとして記録媒体に移動することに成功。その翌年に『記憶銀行』は創立され、現在になってめでたく私の記憶はデータ化されてしまったようです。 何故こんなに難しそうな話をすんなりと受け入れられたのでしょう?記憶をなくすまでの私は、いわゆるリケジョというやつだったのかもしれませんね! いえ、仮に私が割烹着を着ながら研究室を闊歩していたとしても、いくらなんでも腑に落ちません。私の記憶がすべて失われてしまったのなら、私の知能レベルももっと低くなくてはいけないはずです。赤ちゃんと同じくらいまで戻っていてもおかしくはないでしょう。ばぶばぶ。 「何故私は幼児退行していないのでしょうか?」 「その点を気になされる方は多いですね。お客様の脳には、お客様が生まれた時点、つまりは今から二十一年前時点から百年前までに出版された多くの書籍の内容が完全にインストールされています」 そう答えた後に「もしかしたら、記憶を失う前よりも知能レベルが高くなっているかもしれませんね」なんて冗談をいうような口ぶりで微笑んできやがります。もしかしなくともそうでしょう。 その知能レベルをもってして「ばぶばぶ」していたのかと思うと、少しだけ恥ずかしくなります。私の顔は恐らく、熟れたリンゴのようになっていたことでしょう。気を紛らわすために話題変更作戦を実行しました。 「それで、私は誰なのでしょう」 「お客様は『お客様』です。いや、『お客様』なのですから『神様』とお呼びしても差し支えは無いでしょう」 「いや、接客精神を問うているのではなくてですね」 銀行マンさんは、真剣な顔をしてもう一度言うのでした。 「お客様は『お客様』です。それ以前の『あなた』は、当行がお預かりしております」 この人、実は凄く恐い人なのかもしれません。私の顔が青くなったのもやむを得なかったのだと言えます。リンゴは赤くも青くもなるのです。
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