記憶銀行

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銀行から少し歩いたところに、私の新しい住まいはありました。高級そうな背の高いマンションで、目がくらくらしてしまいました。 「お客様の部屋は六階になります」 エレベーター内で、このマンションについての説明を受けた気がしますが、まるで頭に入ってきませんでした。 ただ銀行で記憶を失っていただけの私が、こんな場所に住んでしまっても良いのでしょうか? 「こちらの部屋です」 案内された部屋も、これまた家賃が高そうなお部屋なのだろうと、玄関を見ただけでわかります。 玄関に上がるとき、敷居に躓いて転び、右腕を強打してしまいました。まさかの強打者の登場に、球界もざわついていることでしょう。ドラフト一位指名も確実です。 「大丈夫でしょうか?」 銀行マンさんが慌てて駆けよってきます。 「ええ、大丈夫ですが、思ったより敷居が高くて転んでしまいました」 「そういうことはよく起こります。脳の記憶は消えても、筋肉の記憶が消えていないので」 「筋肉の記憶?」 マッスルメモリーの事でしょうか。一度筋力を鍛えれば、衰えてしまった後でも、鍛えなおせば急速に筋肉が戻ってくるという……。 しかし、それでは話が繋がっていないような気がします。 「体が覚えているという事です。このことを先にお伝えしておくべきでしたね。申し訳ありませんでした」 そういうことですか。記憶をなくす前までに暮らしていた家の敷居が、これよりもだいぶ低かったため、その差で躓いてしまったということらしいです。 「いえいえ、この通り大丈夫ですから」 私は慌てて起き上がり、打った右腕をポンポンと叩きました。しかし目には涙を浮かべていたので、説得力があったかどうかはわかりません。
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