第1章

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 ライトがぼくを照らしていた。  刑事さんがぼくに向かって怒鳴っていた。 「吐け!」  そんなこといったって、ぼくはなにも知らない。  記憶喪失というやつらしく、なにも覚えていないのだ。 「お前がやったことはわかってるんだ。吐け!」  刑事さんは怒鳴り続ける。 「すみません、ぼく、なにをやったのか、全然覚えていないんです」  正直にいったものの、それは相手を怒らせるだけになったようだった。 「ふん、強がってられるのも今のうちだ。おい、栗田、あれを持ってこい」  「あれ」ってなんだろう、ぼくは不安になった。 「あのう、警察って、拷問は禁止じゃなかったんですか」 「きいた風な口を叩くな! いいか、これはお前だけの問題じゃないんだぞ!」 「でも、いくら殴られても、ぼく、なにも覚えていないから、なにもこたえられないんです」  刑事さんが含み笑いをするのがわかった。 「誰も殴りはしない。ただ、飲んでもらうだけだ」  ……飲む? なにをだろう。 「デカ長。持ってきました。例のものと、洗面器です」 「よし、これを飲めば、あいつも考えが変わるだろう」 「あのう、ぼくは、何を飲むんですか?」  その大きなマグカップを見て、ぼくはなんとなく、「恐ろしさ」を感じた。 「ただの塩水だ。強烈に塩辛い塩水だ」 「そんなもの……」 「どうしても、お前さんには吐いてもらわないといけないんだよ!」  ぼくは屈強な警察官に両手を押さえられ、鼻をつままれた。当然、口を開けなければならないわけで。 「拷問反対、暴力はんた……」  いう暇もあればこそ、ぼくの口に大量のその塩水が注ぎ込まれた。  胃袋がでんぐり返るかのような痛み!  ぼくは胃の中にあったものを全部洗面器の中に吐き……くそっ、こんなやりかたがあったのか。おれは吐瀉物でいっぱいになった洗面器を、恨めしく眺めた。  吐瀉物……水だ。大量の水だ。 「ようし、全部吐いたようだな。三途の川の水だけ飲んで、しでかした罪をみんな忘れて、そして地獄行きを逃れようなんて、考えが甘いんだよ。さあ、全部白状しろ」  牛頭馬頭から鬼までそろった地獄の取調室で、おれはうなだれた。 「刑事さん、なにもかもおれがやりました。死ぬまでに犯した罪を、全部吐きます……」
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