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一度は駅に向かったのだが、途中で来た道を戻り始める。
そして喫茶店の前を通り過ぎ、その先にある乃木の住まいへと向かう。
チャイムを鳴らすと、インターホンから乃木の声が聞こえる。
「のぎせんせー、俺です」
「え、百武君!?」
すぐにドアが開き、中へと招かれる。
「わ、飲んでるの? お酒、苦手なんじゃなかったの」
「えとーさんに誘われてぇ」
「とにかく中に入って。お水持ってくるから」
ソファーにもたれて、シャツのボタンを緩める。
すぐに冷たい水を手渡されて、それを一気に煽った。
「どうしたの?」
「いくら考えてもわかんねぇんです」
コップを持ったまま乃木を見上げる。
「ここに聞けって言われて」
トンと胸を指で叩き、へらっと笑みを浮かべる。
「誰に何を言われたんだ?」
「えっと」
名前を言おうとすれば、
「何故、うちにきたの?」
とすぐさま言われ。
乃木の表情はとても複雑なもので、自分の訪問に困惑している事がみてとれる。
「先生にキスされる度に困るんです。それに、以前の様な関係に戻ればいいだけなのに、戻り方すら解らない……」
「それって……」
「だから、戻れねぇなら先に進もうかと」
手を伸ばし、乃木の頬へと触れれば、
「それって、抱いてもいいって事?」
と手の上に手を重ねてきた。
「気持ちのはっきりしねぇ、こんな俺なんかで良ければ、なんですが」
背丈は同じくらい。顔を近づけるだけですぐに唇が触れ合う。
だがその唇は重なり合うことなく、頬に触れていた手も下へと下ろされてしまう。
「先生」
拒否られた。
その事に、心に何かが突き刺さったかのように痛む。
だが手は今だ握りしめられたままで。どうしてというような顔で彼を見る。
「……シャワーを浴びて、一度、冷静になっておいで。それでも気持ちが変わらなかったら、寝室に行こう」
そのまま手を引かれてバスルームへと連れて行かれる。
中へと入ると乃木は出ていき、百武は服を脱いで少し低めの温度にしシャワーを浴びる。
逃げ道を作ってくれている。
酔った勢いであったのは確か。だが、それだけじゃない。
素直になれ、呆気ないほど簡単に気がついた。自分の気持ちに。
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