小説家は愛を囁く

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 乃木は手を合わせ、 「え、もう手は出さないから、帰らないで」  と首を傾げた。 「わかりました。ならもう少しだけ」  まだここに興味があるのだろう。しょうがないから居てやるという態度をとっているつもりなのだろうが、乃木には浮ついて見える。  それが可愛くて口元を緩めながら見ていたら、 「あ、これ、乃木先生の話が初めて載った時のですよね」  と本棚か一冊の雑誌を取り出した。 「良く知っているね。本に載った時、すごく嬉しくてさ、保存用にって購入してしまったよ」 「だから二冊あるんですね」  その本を掲げ、まるで大切な物のように見つめる百武に、乃木は胸のときめきを覚える。 「よかったら貰ってくれないか?」  愛おしくてたまらない。  そんな彼にだから、この本を持っていて欲しいと思った。 「え、良いのですか」  大切なモノでしょうと雑誌を返そうとするが、良いからと押し戻す。 「ありがとうございます。大切にします」  その本を抱きしめてふわりと口元を綻ばす、その姿を見てしまい、何もしないでいるなんて無理だ。 「キス、しては駄目かな?」  そう遠慮がちに聞けば、綻んでいた口元をきゅっと一文字に締め、眉を寄せ非常に嫌そうな顔を見せる。  まずっただろうか。  欲に負けて口にしてしまった事を後悔するが、 「ならば、お礼って事で」  と、渋々ながら承諾してくれた。 「本当?」 「はい。けして意味は無いですから……、んぁ、まだ、んっ」  話の途中で我慢できずに唇を重ね、舌を差し込む。 「ま、って」  その口づけを拒もうと離れようとするが、手で後頭部を押さえつけて口内を乱す。  次第にその口づけを受け入れ始め、水音を立てながら舌を絡めあう。 「ん、せんせい……、もう」  腹を肘で突かれ、仕方なく唇を離す。 「はぁ、やりすぎ、です」 「ごめんね。君の事が好きなんだ」  だから自分の気持ちを抑えることができない。こんな相手は百武が初めてだ。  濡れた唇を親指で撫でて腕の中へと抱きしめる。 「変わり者ですね」  抱き返される事無くぶら下がる腕。それが寂しいと思ってしまう。 「何といわれようと、気持ちは変わらない」 「そうですか。でも俺は同じ意味で乃木先生の事を好きにはなれねぇんで。申し訳ねぇですが」  肩を掴まれて、身を離されて。前の様な無愛想な表情を浮かべ。 「俺に、期待なんてしねぇでください」  そう言うと、失礼しますと頭を下げて踵を返す。 「待って、百武君」  引き止めようと手を伸ばすが、百武は振り返ることなく真っ直ぐに玄関へと向かい外へと出て行った。 「はは、本格的にふられてしまったな」  力なくしゃがみ込み髪を掻き揚げ、空笑いをしながら玄関のドアを見つめた。
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