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口説く彼に、困惑する彼
<乃木>
乃木は小説家だ。
執筆を始めると周りに目がいかず、狭い部屋が更に足の踏み場もないほど凄いことになっている。
以前、女性の担当が要らぬ気を回して部屋の掃除をし、えらい目にあった。それ以来、自分の部屋には上がらせない。打ち合わせや原稿の受け渡しは近所にある喫茶店を使う。
ここはおじいちゃんがまだオーナーだった頃からの常連であり、孫が後を継いでからもそれはかわらない。
今日はデビュー当時からお世話になっている雑誌の担当編集者である百武へ原稿を受け渡す。
彼は入社1年目の23歳。乃木の5つ下であり、同じような体格の強面で愛想が無い男だ。
普段はブラックなのだが、今日は妙に甘いモノが欲しくて、カフェモカを入れてもらう。
仄かに甘い香りがし、原稿を読んでいた百武がピクリと反応する。
「ん?」
ここの珈琲はおいしいよと飲むかと誘ったが、自分の事は気にするなと、しかもお冷すら要らないからと断ってしまう。そんな彼がはじめて反応したのだ。
「何か気になる事でもあったのかな」
「いいえ、今のところは特に問題ありません」
原稿の事だと思ったようだが、そういう意味じゃない。
今、それを尋ねたら嫌な顔をされるだろう。原稿に集中する百武の邪魔をするのはやめておこうと、乃木はカフェモカを口にした。
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