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俺は決死の覚悟で店内に足を踏み入れた。
場所は彰良の方から指定された。俺は今まで来たことがない、大学近くの小さな落ち着いた店。理系キャンパスの方が近いからなのか、今までその存在に気づいたこともなかった。
昨日、電話越しの菜摘は落ち着こうとしながらも明らかにパニックを起こしかけていた。
「どうして新崎のこと知ってたんだと思う?わたしといる以外の時、彰良と会ったことある?」
「いや覚えはないけど。でも、忘れたのか?二度目に会った時、俺たちマジでベンチの上でキスする寸前だったぞ。あれ見たら彼氏って言われてもおかしくないかも」
「…あ、ああ…。そうかぁ…」
急に思い当たったような声を出す。でも口ではそう言いつつも、内心ではあの時全然俺のこと目に入ってもいない様子だったのにな、と意外に思う。あんな感じでもちゃんと周りのことは認識しているってことなんだ。
「でもそうだとしても、新崎と一緒に住むつもりだってことまで何でわかるんだろう。二回会っただけなんだよね、新崎」
「まぁ…、そこは本人の気持ちにならないと本当のところはわからんけど」
俺は考えつつ、ゆっくり答える。
「もしかしたら、外側から見てるこっちが思うよりも、他人の感情の動きとかわかっているのかも。引越しの話をした時お前が微妙に楽しそうだったとか」
「そうかなぁ。普通の顔で話したと思うけど」
今ひとつ納得いかないらしい菜摘。無情。
「不動産屋を回ってる時、彰良の隣の部屋が空いてるのはわかったんだ、確かに。でも当然選択肢に入るわけないから最初から検討もしなかったんだけど…」
俺はそれも気がつかなかった。あの部屋の正確な住所が頭に入ってるわけじゃないから。
「菜摘、この電話何処からかけてるの」
「彼の部屋から」
当たり前のように答える菜摘。
「えっ、大丈夫なの?」
結構普通に誰もその場にいないように喋ってますけど。てっきり部屋の外に出て話してるんだと思ってた。
「普段だったら絶対駄目だけど。とにかく今かけて、約束取り付けて欲しいって言われて…。今日でもいいって言うんだけど、こんな夜に向こうは出てこられないよって言ったんだけどね」
早ければ早いほどいい、と急かされて、結局翌日の日曜日に俺が大学の近くまで出て行くことになった。
「新崎、ごめんね。お休みの日に」
「こんな時にそんな常識的なこと言われてもなあ…」
俺は呻いた。
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