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彰良は微かに眉を顰めたように見えた。ややあってその口から言葉が発せられる。
「…ごめん。一気に言われると。…何の話なのかよくわからなかった」
…ぷしゅ…。
俺は手付かずの生姜焼きセットを少し押しやり、空いたテーブルの上に身を伏せた。
「話すコミュニケーションがあまり得意でない。普段はSNSとか、なるべく文章でやり取りするようにしてるから」
…SNS?
俺はむくりと起き上がった。
「誰とやり取りすんの?」
彼は平然と答えた。
「友達。フォロワーもいる。あと、僕みたいな傾向の人が集まる自助グループがある。そこでの知り合いも。直接会って話すよりウェブ上でやり取りする方が楽な人が多い。結構、活況してる」
ええぇ…。
俺は心底脱力した。社交生活ちゃんとしてるじゃん…。
菜摘は自分がいなくなったら彼は世界中でたった一人ぼっちだ、みたいに思いつめてたけど。
「君にそういう知り合いがたくさんいること、菜摘は知ってるの?」
彰良は呑気な様子で、さあ?と呟いた。あまり重要なことだと思ってないらしい。
「あと、文章のが楽なら俺ともそういうので会話したらよかったのに。俺はそれでも構わなかったよ」
彼は重く息をついた。
「次からそうする。…初めてだから、ちゃんと顔見て、直接話したかった。藤川を大切にしてくれる人だし」
…そうだ。それだよ。俺は再び彼にきっちり向き直り、強い口調で言った。
「俺の方は絶対に菜摘と別れない。この先もずっと。…君がそれほど彼女が必要じゃないんなら、別れてくれないかな」
「僕も無理だ」
即答。…えー…。
「何で?」
「必要だから。彼女との時間。土日の間、ただ同じ部屋で過ごすだけ。そのために生きてる。顔を見られて、そこにいてくれるだけでいい。平日は全部君に預けても構わない。僕だけじゃ藤川を幸せに出来ないこともわかってるし」
俺は言葉を失った。これはつまり、自分だけじゃ菜摘を満たせないから、一緒に彼女を幸福にしてくれ、という申し出なんだ。いやいや…、そっちはそうでしょうけど。俺の方は一人でも充分彼女を幸せに…。
「…他人に触ると痛いんだ」
「え?」
彼は下を向いてぼそぼそと呟いた。
「どういうわけか。小さい頃から。…ひとに触るとすごく痛く感じる。激痛。…だから、誰かに触りたいと思ったことなかった。藤川だけ」
胸の奥がぐうっと圧迫されたように感じる。菜摘に。
…触らないで、欲しいのに。
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