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「どうしても抱きしめたくて。すごく調子のいい時、思いきって抱かせてもらう。やっぱり痛い、すごく。でも、腕の中に藤川がいる。そう思ったら我慢できる。痛みなんか」
妙に透きとおった目で俺の方を見返す。
「キスもそう。激痛。…その後消耗して数日間、碌に何も出来ない。でも、それでも抱きしめたい。キスしたい。半年くらい経って、痛みを忘れた頃、また挑戦する。その繰り返し」
返答に困る。そんなこと言われても…。
「そんなだから、セックスしたいと思うことはない。僕に対してその心配はしなくて大丈夫。君に嫉妬も感じない。ただ二人で隣に住んで、幸せに過ごしてくれたらいい。それで土曜の夜だけ藤川が泊まりに来てくれたら。…それ以外、何も望まない」
でもやっぱり、菜摘は君んとこに泊まりに行かないといけないのか…。
俺はため息をついた。それ、必要?って尋ねたら、『必要』って即答するだろうな。
まぁ、それはとりあえずそれとして置こう。当面の最大の問題点はこっちだ。
「てかさ。泊まりに行くこと自体は、まぁ納得はしてないけど、現在と同じ状況だから…。とりあえず保留としておいてさ。何で君の部屋の隣なんだ?別の場所で全然問題ないだろ。必要ある?」
「ある。必要」
…やっぱり即答ですか…。
俺は深く肩を落として再び息をつく。気を取り直して念のため尋ねてみる。
「どうしてか理由を教えてもらってもいいかな。ちゃんとした理由があれば、だけど」
彼は涼やかな顔を無表情なまま保ちながら、平板な声で答えた。
「隣の部屋に二人がいると思うと安心できる。離れてしまえば君たちの気配も感じ取れないけど、側にいたらきっと幸せな空気が伝わってくる筈。それを毎日感じたい。邪魔は絶対しないから。僕のすぐ隣で、藤川が楽しく暮らしてる。実感が欲しい」
俺はどうしても微妙に目の合わない綺麗な顔立ちをまじまじと見た。
こいつ、表に出さないだけで、実は今まで寂しかったのかな。菜摘は、自分がいてもいなくても彼は気がつきもしない、みたいに言ってたけど。そんな筈ないよな、そりゃ。
「…実際、いつも君や藤川のこと、思い出してるわけじゃないと思う。かなりの時間忘れてる。研究やレポートのことも、考える必要があるし」
「…あそ」
で、しょうね。
彰良は繊細な指をカップに絡ませ、コーヒーを口に運んだ。
「でも、ふと思い出した時にいつでも隣で気配がしていたら。すごくいい」
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