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気のせいかどうか、程度、彼の目もとがやわらぐのを初めて見た。表情とも言えない表情。
「そんな風にこの先一緒に暮らしていきたい。三人で。その代わり、泊まりに来るのは土曜だけでいい。悪い話ではないと思う」
「いやいやいや…」
俺は焦った。こいつ、他人の意見取り入れる気いささかもないぞ。このままだと当然のように押し切られる。
「君はそう簡単に言うけど。俺と菜摘はこのままいったら将来、確実に結婚するよ。子どもだって生まれるかも。今はまだいいけど、そうなったら君はどうする気なの」
そんなことになったらもう君を構ってあげられないかもよ。そんな雰囲気を言外に匂わす。
彼が初めて俺の目を見た。一瞬だけ。
「そんな嬉しいことはない。そしたら、三人で一緒に育てよう。子どもを」
俺は深く脱力し、椅子にもたれかかった。いやそういうことじゃなくて…。そんなこと、ある?
彰良は落ち着き払って淡々と続けた。もう俺の方を一顧だにしない。
「藤川は、それでいい、と言う。…と思う。うちの大家に知り合いが入りたがってる、と話をしておく。そちらも不動産屋に早めに話をして。…それ、食べた方がいい。ここの料理はすごく美味しい」
話は終わった、という様子で手つかずの俺の皿を示す。
「今日、僕には藤川の作った夕食があるけど、君には何もない。だったらここで美味しい食事を摂っておいた方がいい。僕のことは気にしなくていいから。藤川も今日は生姜焼きを作ってるはず」
…そうですか…。
言い争う気も起きず、俺は大人しく箸を手に取った。出してもらった料理を残すのはお店の人にも悪いし。
確かに美味かった。でもその反面頭の中は、ここを出たら即菜摘に連絡しないと、との思いでずっといっぱいだった。
冷静に考えれば予測できないことでもなかったが、菜摘は案外前向きな反応だった。
「だって、隣に住むだけでしょう。多分普段は顔も合わせないよ。それで向こうが安心して気が済むのならさ」
「うーん…」
俺は電話で話しながら小さく唸った。割り切ればそういう考え方もあるのはわかる。でも、何て言うんだろう。
俺は何が気になるんだ?
「それで、泊まるのは土曜日だけでいいって言ったんでしょ。だったら今までより日曜の夜の分、一晩少なくなるじゃない。そんなに悪い話でもないとは思うけど」
「…あ、そうか」
言われて気がつく。
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