はぐれ者～闇に蠢く男たち

詐欺師は二度、因縁をつける

　朝の八時、小林綾人はいつものように勤め先へと出かける。この半年ほどの間に起きた出来事は、綾人の想像を超えるものだった。予想だにしていなかった出来事の連続、そして自分の人生は一変してしまった……はずだった。
　にもかかわらず、綾人の生活サイクルは何も変化がない。今までと全く変わらずに生活できている。これはどういう事なのだろう。綾人は、我が事ながら不思議であった。
　ひょっとしたら、自分は極悪人なのかもしれない……いや、紛れもなく極悪人だ。人を二人殺したのだから。

　中学校を卒業すると同時に、印刷工場に就職した綾人……学力から言えば、偏差値の高い高校への進学も可能だった。にもかかわらず、彼は進学を諦めて就職した。
　全ては母親のためだ。幼い頃に父親が蒸発し、女手一つで自分を育ててくれた母・小林貴美子。綾人はそんな貴美子に少しでも楽をさせるため、進学を諦めたのである。
　だが、その唯一の心の拠り所であった母も消えてしまった。
　もはや、綾人が今の生活を続けるべき理由は無い。こんな、将来に何の希望も見い出だせない生活を続けるのは……苦行以外の何物でもない。
　しかも自分は人殺しだ。どう考えても、自分の存在は悪である。それに、自分のした事が警察に知られてしまったなら……どのような展開が待っている？　
　まず逮捕、次に厳しい取り調べと裁判の後に刑務所行きだ。さらに、マスコミには自分の顔写真が公開される。新聞やテレビ、果てはネットで凶悪な殺人犯としてさんざんに叩かれる。その時点で晒し者だ……社会復帰など、まず不可能である。
　その後は……刑務所の中で何十年もの間、凶悪犯とともに不自由な生活を強制させられるのだ。
　ならば、いっそ自分の手で終わらせるべきだろう。この先、何の希望もない人生だ。これより悪くなることはあっても、良くなることはあり得ない。そう、自分の人生は既に終わっている。今の自分に唯一できること……どのように終わらせられるか、それだけなのだ。
　考えてみれば、今までの自分の人生は……そのほとんどが人の言いなりだった気がする。唯一、自分の意思による選択……それは就職した事だけだった。周りは反対した。担任の教師も、友人も、母も反対した。しかし、綾人は自分の意思を曲げなかった。生まれて初めて、母親に逆らったのだ。
　そして、綾人は就職した。