詐欺師は二度、因縁をつける

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「ちょっと待てや、おっさん!」  ・・・  これはチャンスだ。  偶然、通りかかった場所で交通事故を目撃した上田春樹。自転車の少年が、サラリーマン風の男の運転する車に跳ねられたのだ。これは金に変えられる……そう思うと同時に、春樹は声を発した。 「ちょっと待てや、おっさん!」 「あ、俺は大丈夫です……何ともないですから」  困惑した様子で口を開く少年。だが―― 「おい少年、お前わかってねえな。交通事故はな、後から症状が出る事あんだよ。俺の言う通りにしとけ」  少年にそう言うと、春樹は男の方を向いた。安物のスーツに七三の髪型、安そうな眼鏡。腕時計はしていないし靴も安物だ。気弱そうな表情でこちらを見ている。  春樹は次に車を見た。一目でわかる中古車……これでは、せいぜい四~五万ほど取るのがやっとだろう。  いや、この手のタイプは細く長く。一度に取れる額が少なくても、長く付き合っていけばいい。 「マズイよね、自転車の少年を轢いちゃうなんて。しかも、この子をそのまま行かせようとしてたよね? 普通は病院連れてくよ……それがドライバーの義務でしょ? これ、轢き逃げ成立しちゃうよね?」  春樹の言葉に、中年男は気弱そうな顔で下を向く。春樹は内心でほくそ笑んだ。  これならいける。 「あんた、きっちり話つけようや。ちょっと待ってろ……少年、お前の名前と連絡先を教えろ。後で電話するから」  少年の名前と連絡先を聞いた後、春樹は中年男――田中一郎と名乗った――の車に乗り込む。まずは田中の自宅で話をしようということになったのだ。田中は春樹を乗せ、車を発進させた。  そして車の中で、春樹は自らの武勇伝を語り出す……。 「だから俺は言ってやったんだよ、撃ってみろや! ってな。AK47で撃たれた事のある俺が、ピストル向けられたくらいでビビるかっての」  この話、言うまでもなく作り話である。春樹は常に、こうした武勇伝のネタを溜め込んでいる。もっとも、普段はキャバクラなどで披露するのが関の山だが……。  そして、こんな作り話を信じてしまう人間もいる。疑う事を知らないのか、暴力の経験が無いせいか、単に愚かなだけなのか。いずれにしても、春樹は呼吸と同じようなペースで嘘を吐く。その嘘を信じた人間に近づき利用する……大抵の場合、嘘を並べ立てて金を巻き上げるのだ。  春樹の武勇伝は、なおも続く。
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