俺に明日なんかない

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 尚輝は昔から、人を殴ることに対し何の躊躇いも無かった。  そして今も、中川を殴っている。とは言っても、興奮のままに殴り続けたりはしない。顔面に一発と腹に一発、それで充分だ。それ以上の打撃を加えると、万が一の可能性がある。  それに、殴るのは目的ではない……殴るのは、目的のための手段だ。 「中川さん……あんた、さっさと田舎に帰りな。あんたは怒らせちゃいけない人を怒らせた」  人通りの無い路地裏。腹を押さえてうずくまる中川の耳元に顔を近づけ、諭すような口調で言う尚輝。目出し帽で顔を覆った姿は異様で、大抵の人間を怯ませる迫力がある……だが、中川は食い下がった。 「何を言ってんだ……俺が何をしたって言うんだよ……」  端正な顔を苦痛と恐怖で顔を歪めながらも言い返す中川。だが次の瞬間、尚輝が拳を振り上げた。中川はひっ、という声を上げ、両手で顔を覆う。 「いいから言う通りにしろ。あんたなら、田舎でもやっていけるだろう。もう一度言うぞ。田舎に帰れ……でないと、今後もっと面倒なことになるぞ」  中川は悪人ではない……尚輝の調べた限りでは。ただ、整った端正な顔立ちの爽やかな好青年というだけだ。仕事も出来て上司からのウケも良く、女子社員からの人気も高い……そんな男だ。  しかし尚輝は、中川への嫌がらせを頼まれた。依頼主と中川との間にどんな因縁があるのか、尚輝は知らないし興味もない。どんな依頼であろうとも……尚輝は引き受けた仕事をこなすだけだ。
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