記憶喪失2日目→こんな可愛い人が「奥さん」なんて嘘だ。

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「うっ……あ、ありがと」 彼女の甘ったるい喋り声と上目づかいの視線に ハッとした。 いかんいかん…。 やっぱりまだ頭がボーっとしてるな、俺。 思わず頭をプルプル振ってた。 すぐに後悔した。 ぐえっ……。 まだまだ脳震盪の後遺症があるらしく 途端にグワンと脳みそが揺れる。 「うえっ……」 「ようちゃん!? 大丈夫!!? 気持ち悪いの!!?!?」 テーブルに肘をついて突っ伏した俺に 「奥さん」は慌てた声を上げて、心配そうにのぞき込んできた。 「どうしよう…やっぱりまだ気持ち悪いよね?  病院行く……?」 「だ…大丈夫、デス」 オロオロと泣きそうな声が頭に落ちてきて 俺は愛想笑いを浮かべながら、何とか顔を上げていた。 すると、その次の瞬間には 俺は彼女に包み込まれるように抱きしめられていた。 う…わ……! 柔らかい感触と、鼻孔をくすぐるような甘い香りに 俺はまた、脳がクラリと揺れたような気がした。 同時に、さっきまでグルグルと堂々巡りのように考えていたことが 全部綺麗にふっとばされていくのを感じていた。 「よかった……」 「や……あの……」 「今日は…ううん、しばらく会社お休みして、  2人でゆっくりしようね」 「……うん」 不思議なくらい、彼女の穏やかな声がストンと落ちてきて 俺は素直に返事をする。 「ふふっ…それじゃ、まずはご飯食べないとね。  はい、あーん!」 「えっ…? い、いいよ。自分で食うから!」 「いいから、あーん…!」 う…は、恥ずかしい……。 結婚どころか彼女いた経験ナシな俺には、ハードルが高すぎる…! そうは思ったものの、オムライスを載せたスプーンを突き出す 彼女の視線が強硬な姿勢を表していて 俺は観念したように口を開いたのだった。 すげーな。「奥さん」ってすげー…。 こんな綺麗で可愛くて優しい「奥さん」に ご飯食べさせてもらえるなんて。 これが本当なんだったら、俺ってたぶん超絶幸せ者っぽい。 これまでの人生で感じたことのない類の恥ずかしさに 体温がどんどん上昇していくのを感じつつ 俺は彼女が差し出したスプーンを、口に含んだ。 「……ぐっ」 残念ながら、俺の「奥さん」は料理が下手だということが 判明した瞬間だった。
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