怨讐鏡

3/3
前へ
/3ページ
次へ
 悲痛な叫びに呼応するかのように──無限回廊の奥処で、闇色が蠢くかのように滲んだ。  鏡を侵食する闇が眼前まで迫り、そこにベッドに顔をうつぶせにする裸の女が顕れた。  闇を蕩揺するかのように──しくしく──と泣き伏している。 「……マリリン……なの?」 『──……わたしを喚んだのは誰?……』 「私よ、あなたと同じく、男に打ち拉がれた女よ」 『……わたしは悲しみの海に溺れている……』 「あなたの気持ちは痛いほど理解してる。いいえ、あなたと私は合わせ鏡のような存在よ」 『……わたしを起こさないで……』 「あなたは男に復讐したくないのッ!?」 『……男に復讐……』 「そうよ、世の男共を見返してやるのよ!」 『……なにを望むの?……』 「あなたの美貌が欲しい! あなたの美貌を手に入れて、世界中の男を翻弄してやるの!  そして、私を棄てた兼田を見返してやるのよ!」  ──それが私の復讐だ。 『……どんなことをしても?……』 「その為ならば、この身も心も捧げるわ!」 『……たとえどうなろうとも?……』 「後悔しない!!」 『あなたのような女を待っていた』  その瞬間──合わせ鏡が交錯した。 「ひぃッ!?──」 「野間、片付け終わったか?」   兼田が地下1階に下りると、そこに野間の姿はなかった。  代わりに──外人にしては小柄な、金髪で艶やかな美貌の女性とすれ違った。  そのすれ違いざまに、兼田の鼻をセクシャルな芳香がくすぐる。 (シャネルの5番か……野間もつけていた香水だ) 「excuse me」  女性が兼田の前を通るときに断った。  その声に「ふふふ」という含み笑いを聴いたように思えて振り向いたが、すでに金髪の女性はそこにいなかった。  パリンッ……。  足元でなにかが割れる音がして見ると、そこに伏せられた鏡が落ちていた。どうやら鏡を踏んだ音のようだ。 「野間、先に帰ったのかな? まあ、このまま消えてくれたら清々するがね」  兼田が独りごちると、そのまま階上に行こうとした。  ──助けて──  どこからか悲痛な声がしたが、廊下に誰もいないのを確かめると、そのまま振り向かずに行ってしまった。  薄暗い地下1階の廊下──割れた鏡はなにも映さないまま、淋しく取り残された。 ──怨讐鏡 終。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加