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悲痛な叫びに呼応するかのように──無限回廊の奥処で、闇色が蠢くかのように滲んだ。
鏡を侵食する闇が眼前まで迫り、そこにベッドに顔をうつぶせにする裸の女が顕れた。
闇を蕩揺するかのように──しくしく──と泣き伏している。
「……マリリン……なの?」
『──……わたしを喚んだのは誰?……』
「私よ、あなたと同じく、男に打ち拉がれた女よ」
『……わたしは悲しみの海に溺れている……』
「あなたの気持ちは痛いほど理解してる。いいえ、あなたと私は合わせ鏡のような存在よ」
『……わたしを起こさないで……』
「あなたは男に復讐したくないのッ!?」
『……男に復讐……』
「そうよ、世の男共を見返してやるのよ!」
『……なにを望むの?……』
「あなたの美貌が欲しい! あなたの美貌を手に入れて、世界中の男を翻弄してやるの!
そして、私を棄てた兼田を見返してやるのよ!」
──それが私の復讐だ。
『……どんなことをしても?……』
「その為ならば、この身も心も捧げるわ!」
『……たとえどうなろうとも?……』
「後悔しない!!」
『あなたのような女を待っていた』
その瞬間──合わせ鏡が交錯した。
「ひぃッ!?──」
「野間、片付け終わったか?」
兼田が地下1階に下りると、そこに野間の姿はなかった。
代わりに──外人にしては小柄な、金髪で艶やかな美貌の女性とすれ違った。
そのすれ違いざまに、兼田の鼻をセクシャルな芳香がくすぐる。
(シャネルの5番か……野間もつけていた香水だ)
「excuse me」
女性が兼田の前を通るときに断った。
その声に「ふふふ」という含み笑いを聴いたように思えて振り向いたが、すでに金髪の女性はそこにいなかった。
パリンッ……。
足元でなにかが割れる音がして見ると、そこに伏せられた鏡が落ちていた。どうやら鏡を踏んだ音のようだ。
「野間、先に帰ったのかな? まあ、このまま消えてくれたら清々するがね」
兼田が独りごちると、そのまま階上に行こうとした。
──助けて──
どこからか悲痛な声がしたが、廊下に誰もいないのを確かめると、そのまま振り向かずに行ってしまった。
薄暗い地下1階の廊下──割れた鏡はなにも映さないまま、淋しく取り残された。
──怨讐鏡 終。
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