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しかも、まるでスポットライトのように光を浴びた、そこにだけは色があった。
ぽつんと置かれたベッドは、森の風景にはそぐわない。ピンクのチェック柄のシーツが、さらに違和感を際立たせている。
その柄には覚えがあった。ベッドだけではない。そこに眠る人物に、目が釘付けになる。
少し茶色がかった髪、白い肌――全体的に色素の薄い少女は、胡桃自身だった。
幽体離脱でもしているのか。傍から自分の寝姿を見る怪異に、愕然とする。
否、驚愕を示したのは胡桃だけではなかった。
「お前……?」
すぐ耳元で、男の声が聞こえた――その瞬間だった。
視界に広がる景色が、目まぐるしく入れ替わり始める。
一面の花畑、豪奢な着物が掛かった部屋、金色の化物、西洋の甲冑を纏った男達、美しい神殿と炎に包まれた城。
助けなければ。思った時にはすでに、無我夢中で走り始めていた。
なのに、いつの間にか炎の中で座っている。誰かを探して飛び込んだのに、今は誰かが来てくれるのを待っているのが自然に思えた。
声が聞こえる。ずっと、待っていた人の声だ。ああやっぱり来てくれたと、場違いな安堵に包まれる。妙に満ち足りた気分だった。
だが、鼻をつくのは焦げ臭さと錆びた鉄の匂い。同時に、ぽたりとなにかが頬に落ちてくる。
自分に覆いかぶさってきた男の――炎から庇ってくれた人の、血だ。
一瞬とはいえ、守られる喜びに浸った自分の、なんと愚かしいことか。
男の顔は、陰になって見えない。けれど深い湖を思わせる瞳が悲しげに揺れて、それでもなお満足げに微笑んだのがわかった。
違う、こんなことを望んだんじゃない。
声にならぬ悲鳴を上げた途端、場面がまた変わった。立場が入れ替わったのだろうか。今度は胡桃が、倒れた少女を抱き起こしている。
――血に濡れた、少女の身体を。
「――っ!?」
布団をはねのけ、飛び起きる。反射的に両手を見るも、暗闇の中では影で形を捉えるのが精一杯だった。
濡れた感触は、ない。おそるおそる、手を鼻先に近づける。血臭がしないことを確認して安堵し――安心した瞬間、自分の行動が滑稽に思えて苦笑した。
途中で夢だと気づいていたはずなのに、いつの間にか忘れて感情移入してしまっていた。なにかにつけてすぐに共感するのは、胡桃の癖だ。
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