家督相続

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 1545年10月、長尾景虎の元に一通の手紙が届いた。その手紙がこれからの長尾家の行く末を大きく変えていくとは誰ひとり思っていなかった。 「うっく……」  手紙を読んでいた景虎が突然嗚咽を漏らしながらポロポロと涙をこぼしはじめた。その場にいた家臣は皆驚き見かねた本庄実乃が口を開く。 「殿? どうされたか?」  そう尋ねるがそれでも景虎は泣き止むことなくじっと手紙を見ている。 「景虎、どうした? そんなに悪い知らせなのか?」  俺が尋ねると彼女は手紙を破り捨てる。その行動に一同息を飲む。 「今すぐ戦の支度をします」  すでに景虎の目に涙はない、かわりに怒りのこもった表情があった。 「輝広、実乃、あとで私の部屋に来てください」  そう言い残し彼女は評定から去っていった。 「本庄殿、輝広殿、なにかなさったのですか?」  家臣の一人が尋ねる。しかし俺も実乃も心当たりはなく首を横に振るだけだった。  ー景虎の部屋ー  俺と実乃は顔を見合わす。実乃はどうしたものかといった表情だ。 「うぇっく、兄上、なんで……」  俺も実乃も困惑の表情を浮かべる。それもそのはずだ。景虎に呼び出され部屋に入ってみれば呼び出した本人は評定の時よりひどく涙を流しているのだ。 「あの、景虎? どうしたんだ?」  見るに見かねて尋ねると目に涙を溜めた景虎が俺と実乃を見て口を開こうとする。 「あに、兄上が……っ、兄上がっ」  必死に嗚咽をこらえながら景虎はそう言うとこれ以上は言えないとばかりに再び声を出して泣き出す。  普段物語を語らせ泣くこともある彼女だがこの泣き方は尋常ではない。 「ふむ、兄上とは晴景殿ですかな?」  何事かを察した実乃が尋ねる。  それに対して景虎は首を横に振る。そして震える唇を開いた。 「景康と景房」  そう言うとこらえきれないのかまた嗚咽を漏らす。
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